短編(2BRO.)

□千里の道も一歩から
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今日は寒い日だ。一日休みの今日は布団から一歩も出ることなく過ごしてしまった。時計を見ると時刻は午後10時。さすがにお腹がすいてきたので、布団から思い切って出てみた。

ひんやり冷気が体にまとわりつく。部屋を出てリビングに来るとソファーで兄者が何やら携帯を弄っていた。つけられっぱなしのテレビは夜のニュース番組が写されていて、アナウンサーがニュースを読んでいた。


「わっ」
「わッ、何だよ、ビビらすな!」
「あはは、引っかかった。」


ソファーの背面から肩をぽんと押すと、兄者はびくっと体を強張らせて驚いていた。さすがに夜に脅かされれば兄者も間抜けな反応をする。

満足したのでキッチンに入って冷蔵庫を漁った。後ろに兄者が付いてくる。


「今からメシ?お前一日何してたんだよ。」
「布団とイチャイチャしてた。」
「ンだそれ、腹減った、俺もメシ。」
「食べてないの?」
「仕事してた。」


もう一回時計を確認する。時計は午後10時半に差し掛かったところだ。今日は兄者は仕事の日だ。でも、残業の日ではないはずだ。

ご飯を食べる時間はいくらでもあったはずなのに。怪訝そうな顔をしている私にムッとして、私の頬をつねり上げた。


「悪いか、寝坊助を待ってたんだよ。腹へった、早くメシ作れ。お前のメシが食いたいんだよ。」
「イタイイタイ、分かりました、分かりましたよ、待っててくださったんですね兄者様。」


矢継ぎ早にそうまくしたてられたけど、ニヤケが止まらなかった。兄者は素直じゃないけど、一つ突けば結局建前を自分でぶち壊す。それがまた愛しさを加速させるのだ。


「何食べたい?」
「何食わしてくれんの?」
「え〜?白ご飯?」
「手抜きシェフだな。」


冷蔵庫を覗き込んでいる間も後ろから腰に腕を回されて料理しづらい。大きな猫を引きづりながらキッチンを往復して、簡単な雑炊を土鍋で作った。


「うまそ。」
「ネギ増量しちゃお。」
「バカだろ、お前。ほぼネギじゃん。」
「ネギは栄養たくさんなんだぞ!」
「わかったから早く食わせろよ、馬鹿!」


箸を渡さないままテーブルについていると、ガタンと机を割と強めに叩かれた。他人なら怖がるこの兄者のすごみ。私には猫が威嚇しているみたいで全く怖くない。

にやにやしながら調味料やら皿やらを並べている間に兄者は拗ねてしまったらしい。ソファーに戻り、携帯を再び見始めてしまった。

さすがに待たせておいて、ここまでお預けを食らわせておくのはかわいそうだなと思い、後ろから抱き着いた。


「兄者ごめんって。ご飯食べよう。」
「…。」
「ねー。冷めるー、私のおいしい雑炊がー。」
「…。」
「ね、あにっ」


不意に兄者が私の首筋に頬を寄せ、ぞくっと背中に何かが駆け上がった。心臓が早鐘を打つ。さっきは私が兄者を困らせていたのに、次は兄者が私を困らせている。しかも無意識に。


「お前ってこういうスキンシップ慣れねえよな。」
「や、あ…そう、だね…。なんか、兄者と冗談言いあうのは慣れてるけど、こういうのはまだ慣れてないかも。」
「…メシ、食おうぜ。」


私を置いてソファーから立ち上がり、テーブルに移動してしまった兄者に少しの落胆の色を感じた。

私はお世辞にも恋愛経験が豊富とは言えない。人生二人目の恋人の兄者だってもう二年の付き合いだ。それなのにキス以上の事はしたことがない。それに、私からではなくて兄者からの数えられるほどだけ。

兄者ももどかしいのだろうな、と感じつつはあるが友達の距離感が心地よくて私はそれに甘んじてしまっていたのかもしれない。


「ほら、早く。冷めちまうぞ。」
「はいはい。」


子供のようにテーブルで待っている兄者にはっと我に返った。今はそんな事考えている場合じゃなかった。








食事が終わってお風呂に入っている間、兄者は先に寝室に行ってしまったようだ。音を立てずに寝室に入り、私の隣にある兄者のベッドをちらりと見た。

同居したいと言ったのは私からだ。だけど、ベッドを別にしたいと言ったのは兄者だった。理由は私を大事にしたいからだと言ってくれていたが、このベッドとベッドの間にある透明な壁が私は嫌いだ。

就寝中は絶対に兄者に干渉できない。意識のない兄者に向かっていく私の勇気が足りないのだ。だけど、もどかしいさは私も感じている。私も、兄者に触れたい。


足音を殺して兄者のベッドに近づいた。布団に包まっている兄者を暗い中で肉眼で見えて、心臓がまたバクバクと大きく動く。こんな無防備な兄者、見たことがない。


「兄者、寝てる?」


意味はないとわかりつつ、声を掛けた。返事は帰ってこなかった。

背中を向けて寝ている兄者の額の髪をかき上げると、見えた額にキスをした。一瞬だけしか唇は触れていないはずなのに、10分くらい時間がたったような感覚に陥った。

息が詰まりそうになった、息をするのを忘れていたみたいだ。


「震えすぎだろ。」
「!」


くすりと鼻で笑われて、慌ててベッドから飛びのいた。兄者は寝転んだままだ。


「起きてたの?」
「寝てなかった。メシ待ってた俺が先に寝るわけないだろ。」
「ご、ごめん…」
「謝る必要ねえよ。」


兄者はベッドから起き上がり、腕を広げてくれた。どうしたらいいのかわからなくて立ったままでいると、兄者はまた笑う。


「来るなら来いよ。」
「あ…。」


自然と兄者の腕に抱き着くと、先ほどの心臓の音は落ち着いてふんわりと眠気が襲ってきた。

背中を撫でられてすとんと兄者の膝に座ると、ちょうど兄者の首筋に顎を乗せれた。お返しにそこへ頬擦りするとすっと姿勢を正されて離された。


「意外と大丈夫だろ?こういうの。」
「そうだね…。」
「キスしていい?」
「う、うん。」


目を強くつぶると、また乾いた笑いが聞こえて優しく額にキスされた。


「何期待してんだよ、まだしねえよ。」
「だ、だって…。」
「また今度な、今日は一緒に寝るか。」
「マジ…?」
「…じゃあこっからまた離れんの?」


駄々っ子をなだめるようなその言葉に笑ってしまった。離れたくない、と小さく答えると布団にそのまま入れてくれた。暖かい。


「じゃあお休み。」
「お休み。」


今日一日寝ててよかった。今日は少しの間眠れそうにないな。余裕そうに寝息を立てる兄者にせめてもの対抗心で足を絡めてやった。

兄者は次は起きる気配もなく、間抜けに眠るその顔にやっぱり叶わないなと思った。


10.千里の道も一歩から


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