孤蝶の結ぶ約定

□傀儡の反乱
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身体がまるでいう事をきかない。
こんな事、したくはないのに。
したくはないと思う通りの事を私はするのだ。



「大好きだったよ、承太郎。でも」



ナイフを持った右手が承太郎を傷つけようと振り上がる。



「承太郎っ!」
「やめろ、紗雪。目を覚ますんじゃ!」
「っ、紗雪、テメェ ――」



花京院君とジョセフさんの制止の言葉も聞こえているし。
彼らの心からの叫び以上に、私の心も叫んでいるのに。

止めろ。
止めてくれ。

微笑みを浮かべる顔とは相反して、心の中では泣いていた。

こんな事なら、さっさと命を絶っておくべきだったのだ。
ディオに一矢報いてやろうなんて馬鹿な事を考えたからこうなった。
自分の身の程を見誤った。

でも、これがその過ちに対する罰だというならあんまりじゃあないか。

視界が僅かに歪んだ気がした。
驚きに目を見開く承太郎は今何を思っているのだろう。

ごめんね、承太郎。
助けになるどころか私はこうしてみんなの害と化した。
ホリィさんは任せてなんて言って、送り出しておきながらこの体たらくだ。

ナイフを持つ右手はもう止められない。



「ディオ様の為に死んで」



止められないのなら。

グサリと肉を刺す感触が手に伝わり、引き抜けば鮮血が舞う。
噴き出した血が視界を赤色に染め上げ、確かな傷みを私にもたらした。



「紗雪さん!?」
「あの女、」



ふらつく身体で二歩三歩と後退り、承太郎との距離が離れる。
承太郎の学ランにはべっとりと血が染み込んでいた。
同様に私の両腕にも。

ダラリと腕の力が抜け落ち、カランと音を立てて刃の赤いナイフが床に転がった。



「自分の腕を刺しやがったのか!?」



室内に漂っていた蝶の数が減る。
レミッションスケイルの効果が薄まったのだろう。
身動きとれずにいた四人に動きが戻った。

と同時に、埋め込まれた肉の芽がうごめき出して頭に痛烈な痛みが走る。



「―― じょ ――― たろ ――」



ようやく意識と身体がリンクしたようで、私の意思でもってその名を呼ぶ。
痛みを耐えて、今度は心からの笑みを浮かべて見せた。



「紗雪、」
「近寄っちゃ、ダメ、だよ。かんぜ には、おさえ られない 」
「待ってろ、すぐそんなもん引っこ抜いてやる!」



再度スタープラチナを発動させる承太郎に、首を横に振り行動を制する。



「きい、て」



情けない事この上ない私だけど。
ディオの館でただ大人しく囚われていただけではないのだ。



「ディオ の、スタンドは ――



より一層、肉の芽が暴れ出す。
脳をかき回されて死にそうだけど、この言葉だけは最後まで伝えてみせる。



「止めろ!喋るんじゃねぇ!」
「抗えば抗うほど、その芽は貴方の脳を傷つけます!」



私にだって意地がある。
あの場で殺しておかなかった事。
私に承太郎達を傷つけさせようとした事。
絶対に後悔させてやる。
女の執念を舐めるなよ。



「とき、を とめ、る 」



此処に囚われて間近で目にしていたから気づけた事だ。
レミッションスケイルの影響でなのか、時の止まる瞬間を私は知覚する事ができた。

周りの全てが止まる瞬間がある。
それはほんの数秒の事だったけど。
最初はそれらが示す事象が何を意味するのかわからなかった。
でも何度か目にする機会に恵まれた事で、この結論に思い至る事ができた。

私の力ではディオには到底敵わないだろうけど、承太郎達ならきっと成し得てくれる筈だ。



「にげ、て 」



私の抑えが効かなくなる前に。
ディオが此処に来る前に。



「!承太郎、逃げるぞ。此処にいてはまずい」
「離せジジイ!紗雪をこのままにしてたまるか!」
「紗雪の事を思うならなおの事。あの子が命がけで遺した情報を無駄にする気か!」



それでいい。
今は一刻も早く此処から脱出する事を優先すべきだ。

意識が再び身体から引き離される。
減っていた蝶が再び増殖を始めていた。
ドンッと背後から衝撃を受け、身体が傾ぎ、頭痛もあいまって意識がかすれていく。



「ハイ ファ グリーン!」
「花京い お前 何やって  」
「これでしばらく紗雪さんは目を 覚まさ  いは で す ―――



フェードアウト。
傾ぐ身体は倒れ込むことなく。
誰かに支えられたような感覚に包まれ、そこで途切れた。






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