孤蝶の結ぶ約定

□忍び寄る魔の手
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登校して間もないというのに、私は今学校を後にし空条家へと向かっている。


というのも、時を遡る事数十分。

それは教室に着くとほぼ同時の事だった。
承太郎が石段から落ちて怪我をした、という情報が私の元まで舞い込んできたのは。

あの承太郎が何の理由もなく転落したとはどうしても思えない。
医務室に行く程の怪我と聞き心配になって、私は承太郎の元へと向かったのだ。

そして、



「――― 一体何が?」



一目でわかる異常事態。
医務室は滅茶苦茶で担当の先生が血を流して倒れているではないか。



「紗雪か、ちょうど良かった。その女医治せるか?」
「え、ああ。うん、大丈夫だと思うけど」



酷い惨状の中立っている承太郎もぱっと見でわかるような大きな怪我を負っていた。
しかもその肩にはこれまた傷だらけで意識を失った見知らぬ男を抱えている。



「こいつはディオの差し向けた刺客だ」
「刺客って、そんな」
「騒ぎが大きくなる前に俺はフケる。面倒なのはご免だからな」
「わかった。私もこの人の処置だけしたらすぐに追うよ」
「ああ、頼む」



何て事だ。
急展開に戸惑いつつも、女の人の怪我の具合を確認する。
出血はあるけど外傷はない。
内部から喉のあたりを傷つけられている様だ。
おそらくスタンドの攻撃を受けたのだろう。

応急処置だけ済ませたところで、私もまた面倒事に巻き込まれぬようにその場を後にしたのだった。


そうして、冒頭に戻る。



「あ、ホリィさん。お邪魔します」
「あら、紗雪ちゃんも早退してきたの?」
「はい、緊急事態だったので。承太郎は?」
「承太郎ならパパ達と一緒に茶室にいるわよ」
「ありがとうございます」



にしても、承太郎め。
手当てをしていて出遅れたとはいえ、全速力で走ってきたのに追いつけないなんて。
人一人抱えていたから絶対途中で追いつけると思っていたのに、家までたどり着いてしまったではないか。



「何だ、紗雪か。随分と速かったじゃねぇか」
「出来る最速で駆けつけましたので」



茶室へ向かう途中で承太郎と鉢合わす。



「あの女医は大丈夫だったのか?」
「一番酷かった傷口は塞いでおいたから、後は駆けつけた救急隊の人が何とかしてくれてると思うよ」
「そうか」
「ていうか、涼しい顔してるけど承太郎も結構な重傷じゃあないの。診せて、手当てするから」
「俺より先に花京院を診てやってくれ」
「花京院?」
「さっき俺が抱えてた男だ」
「でも、その人ディオの刺客だって言ってなかった?」
「あいつは操られていただけだった。ディオの洗脳は解いたからもう心配いらねぇよ」
「そう、わかった」



よくわからないながらも言われた通りに従う事にする。
私としては承太郎の手当てを優先したいところだけど、気を失ってここまで運ばれている花京院君の方が重傷だろう事は確かなのだ。

茶室の障子は開いたままだったので、室内をうかがえば花京院君の他にジョセフさんとアヴドゥルさんもいた。



「おお、紗雪か。丁度いいところに来てくれた。花京院を診てやってくれんか?」
「そのつもりで来ました。初めまして、花京院君。早速ですがあなたの怪我を診せて下さい」
「君は?」
「月宮紗雪といいます。承太郎の友人で、ジョセフさんの弟子です」
「師匠と呼ばれちゃいるが、治療の腕に関しちゃワシは紗雪に敵わんがな。信頼のおける人間じゃよ、診てもらうといい」
「私より先に承太郎の手当をしてあげて下さい。彼も重傷の筈だ」
「その承太郎からも頼まれたの。少し傷口に触れるよ、痛かったら言ってね」



傷口を洗い、消毒を済ませ。
酷い怪我から手をかざし波紋を用いて治癒を促進していく。



「傷が、消えていく?」
「傷口を取り合えず塞いだだけだから、無理をすればすぐに開くし、失った血はそのままだから安静にね」
「相変わらず惚れ惚れとする腕前じゃ。血は争えんというやつだな」
「おばあちゃんに比べたら私なんてまだまだですよ」
「ありがとう、おかげで随分楽になったよ。これが君のスタンド能力かい?」
「うーん、厳密には違うけど、そう思ってもらって支障はないかな。私の能力の一つであることに違いはないから」



波紋法は私がおばあちゃんから教わった力だ。
最も私はジョセフさんの様に戦闘に用いる程極めてはいないのだが。



さて、花京院君の手当ても済んだ事だし、次は承太郎だ。



「承太郎、入るよ?」
「ああ」



茶室を出て、承太郎の部屋を訪ねる。
流石に怪我を負い血で汚れた学ランはすでに着替え、かけられている。

傷の消毒までは既に自分で済ませたようで、消毒液と脱脂綿とが乱雑に置かれているのが目に入った。



「承太郎の手当てをするのも久しぶりだね。今じゃ喧嘩はしても無傷で片が着いちゃうんだもん」
「まるで怪我して欲しいみたいな言い分じゃねぇか」
「そんな事はないよ。強くなってしまったものだなと感心しているだけ」



手をかざし、怪我の治癒を進めていく。



「―― これからも、刺客が差し向けられるのかな?」
「さあな。どちらにせよ、向かってくるのなら返り討ちにするまでだ」



これで終わるとは到底思えない。
しかも他人を洗脳して使役し、刺客として差し向けてくるなんて。
ディオというのは想像を超える化け物の様だ。



「そう不安そうな顔してんじゃねえよ。何があろうとお前は俺が守ってやる。そう約束しただろう」
「覚えてたんだね」
「当たり前だ。紗雪はどんな時でも俺の傷の手当てをしてくれるんだろう?」
「もちろん。だから承太郎は自分が正しいと思う道を突き進んでいけばいいんだよって、昔も今も変わらずそう思ってるよ」



幼い頃に交わした約束は、どうやらお互いにしっかり覚えていた様だ。
粗方治療を終えて、最後は頬の傷。



「承太郎、ごめん。先に謝っておくね」
「?何の謝罪 ――



徐にその傷口に口づける。
突然の私の暴挙に、承太郎が硬直しているのがわかる。
まぁ、びっくりしますよね。

けどお構いなしで、傷口から何か黒い液体、おそらくインクかな、を吸い出し。
全て抜けただろうところで口を離し、抽出したインクをハンカチで拭いとる。



「―― 急に何しやがる」
「もしかして、ペンか何かで刺された?インクが混じってるみたいだったから、吸い出させてもらいました」
「そうならそうと、先に言え」
「だから先に謝ったじゃない、ごめんって」



だって今から口づけますなんて宣言しづらいし、宣言してから行動に移すのは照れ臭いし。
こういうのは勢いが大事だと思う訳よ。

傷口を再度消毒してから、手を翳す。
もう少し上だったら目がやられていたんじゃないだろうか。
そう思うとぞっとするものがある。



「なら俺も先に謝っておく」
「え、何 ――



続く科白が途切れたのは、強制的に遮られたからだ。

ちょ、待って。
近すぎる、というか口と口が合わさった承太郎との距離を離そうにも、後頭部を押さえられていて身動きがとれない。



「―― 何するの、いきなり」
「上書きさせてもらっただけだ」
「上書きって、意味がよくわからないんだけど」
「あの時はやむを得ない状況だったんだ。先に謝っておいたんだからいいだろう」



何も良くない、とは思いつつも先にしかけたのは私だ。
いや、私はあくまで治療のためだったけどね。
ちょっと照れた承太郎が見れたらな、なんて下心は、うん、なかったとはいえないけども。

色々言い返そうにも、顔が熱くて赤くなってるだろうから俯かずにはいられないし。
承太郎の方が一枚上手でまんまとやり返されたのだという事をどうやら認めざるを得ないようだ。






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