ソファに押し倒されて口づけられる事に決して慣れる事はない。 いつだっていっぱいいっぱいで、どうしていいのかわからないし、動悸は激しくなる一方で、息苦しさと妙な感覚に翻弄され。 けどそれを多分、というか絶対わかっていながらジョルノは容赦がなかった。 抵抗しようとも結果はさして変わらないという考えが頭の片隅に植えつけられていて、今日も今日とてされるがまま。 もう少しすれば彼の気も済んで解放されるだろうと思っていた矢先に ―― 「ちょっ!な、何して!?」 「説明が必要ですか?直接肌に触れています」 「それはされてる本人だからわかってますよ!そうじゃなくて、止めて下さいという意思表示をしてるんです!」 いつの間にかジョルノの手が服の下に入りこんできたのだ。 手の感触を腹部にダイレクトに感じる。 流石にこれは焦る。 慌てて止めるよう抵抗を試みるも。 「止めたくないので却下です」 「―― ひゃうっ!」 そんなものまるで意に介さず、あろうことかその手が胸にまで伸び、下着の上から胸の先を抓られ、不覚にも変な声が出てしまう。 元々赤いだろう顔に更に熱が集中するのがわかった。 「本当に、これ以上はダメだって、ちょ、待っ――」 既にキャパ越えしているというのに、抗う為の声をも奪おうとしてくるジョルノに ―― 「レスタっ!!」 こっちも必死だ。 ジョルノの口を手の平で抑え、渾身の力で強制的に距離を離す。 私の反抗にムッとした表情をみせたかと思えば、次の瞬間には不敵に微笑んで見せペロリとその手を舐めてくるとか、もう私の手に負える気がしないんですが。 けどここで、負ける訳にはいかない。 気力を振り絞り、必死になって言葉を探す。 「あ、あのね、ジョルノ。私は君より何年か長く生きてるし、それに応じて人生経験も多い訳だけど、こういう事はその、本当に初めてで。君にとっては何てことないのかもしれないけど、私にとっては天地を揺るがす程の大事件で。つまり何が言いたいのかというと、もうこれ以上は無理なんで勘弁してもらえませんか」 情けなくはあるが、気にしてなどいられない。 ジョルノを言い負かすスキルがない以上、そういう切り口での説得しか私には思いつかないのだ。 「言われるまでもなく知ってますよ、そんな事は。ルナの反応を見てればわからない方がおかしいですからね」 「わ、わかってるなら。もうちょっとこう、慮って欲しいというか、加減ってものがあると思うの。その人に見合ったレベルとでもいうか。とにかく、恋愛初心者に課すには難易度が高過ぎるんだよ」 「そういう事なら、心配しなくても大丈夫ですよ。僕もルナと同じですから、何も気負う必要はありません」 「―――― はい?」 「納得いただけたのなら、続けましょうか」 「待って待って待って。今何て?」 「続きをしましょうと言ったんです」 「違くて。その前」 幻聴か? はたまた、思考回路が混迷して言葉の意味を理解する機能がおかしくなっているのかもしれない。 「僕も初めてだと言ったんです。誰かを好きになるのも、こうして女性と触れ合うのも」 「絶対嘘だっ!!」 「心外ですね。何を根拠に?」 「だって、めちゃくちゃ手慣れてるじゃあないですか!表情一つ変えずに!さも当然と言わんがばかりに!」 「これでも必死に取り繕っているんですよ」 「俄には信じられない」 「そんなに疑うのなら、僕の頭の中を読んでみるといい。身の潔白を証明できる筈です」 「いやいや、そこまでして明白にしたい訳では。――― というか、今この状況で思考を読み取るのは危険な気がしてならない」 「そうですか、残念です」 「―――― 何を視せる気だったんですか」 「それは勿論、僕がルナとこれからしたいと思っている一連のあれこれですよ。具体的に言うと―― 」 「言わなくていいですっ!!」 もう嫌だ。 完全に手玉にとられて遊ばれてるよね、私。 「と、とにかく、こういう事はお互い想い合う男女のする事であってですね」 「なら問題ないですね。僕はルナの事が好きです」 「私は違うので!」 「僕の事が嫌いですか?」 「うっ、嫌いではないけども」 「じゃあ、好き?」 「好きか嫌いかでいえば好きだけど。でも!その好きの種類が違うと思うの」 告白に対する返答。 断りの内容を告げている筈なのに。 おかしいな、チュッと軽いリップ音を立ててジョルノの唇が頬に触れてくるのは何故なのだろう。 「だから、ダメだって。今までなし崩し的にされるがままだったけど、やっぱこういうのは良くないよ」 「でも、嫌な訳じゃあない」 「何でジョルノが私の気持ちを断言するの」 「だってまだ、君は此処にいるから」 「それは、―――― 逃げ出す余地がないだけで」 「そうですか?本当に嫌ならいくらでも逃げ出せた筈です。僕は此処を空ける事の方が多いし、君を拘束だってしていない。機会は幾らでもあったのに、君は何の行動も起こさなかった」 「だって、約束が」 「何の制約もない口約束です。反故にするのは容易い。僕もそれなりに強引な手に出てますからね、逃げられるリスクも当然考慮に入れていました。でも君はそうしなかった」 唇が頬から滑るようにして移動する。 身動ぎ出来ずにいるその首筋に、チクリと仄かな痛みが走った。 「それは君が無意識の内に僕を受け入れてくれたからだ。ダメなのは、わからない領域に足を踏み入れる事に不安を抱いているから」 唇が離れて、痛みを感じたそのヵ所を、ジョルノの指がなぞるように触れる。 「ルナ、僕は君が欲しい。でも君が大事だから、君が嫌だと言うならその意思を尊重しようと思ってる」 「―――― ジョルノ」 「好きです。これから先も僕の傍で、共に生きてくれませんか?」 真摯な眼差しに射ぬかれる。 それはいつかと同じ、告白だった。 「えっと、私を好きになってくれた事は嬉しいと思ってるし、この先もジョルノ一緒にいたいなって私も思ってるけど、」 「ならその感情に従えばいい」 「でも、その。ジョルノみたいに明確な好きのカタチが私にはまだないよ」 「今はまだ、それで構いません」 「自分の気持ちでさえもままならないこんな私で本当にいいの?」 「僕は君がいいんです」 未知の領域を前に身動き出来ずにいたけれど、ずっとそうしてばかりもいられない。 未だ明確な答えはわからないけど、ただ一つわかっている事があるとすれば。 行動を起こすのなら、離れるのではなく歩み寄る為のものがいい。 「ならもうしばらく、傍にいさせて下さい。どんなカタチになるのかはわからないけど、ジョルノとの関係を今とは違うものに変えてみたいって思うから」 「しばらくではなく、ずっと、といずれ言わせてみせますよ」 フッと浮かべたその表情がいつもの大人びた笑みではなく、年相応の微笑みで。 ドキリと心臓が一際大きく脈打つ。 「それから、その。こういう行為はですね、気持ちが追いつくまで待って欲しいです」 「―― わかりました、善処はします。けれど、」 「っひゃ!」 唐突に耳を食まれて、またしても変な声が出てしまう。 「この位の触れ合いは許してくれますか?」 「えっ、いや、それもちょっと出来れば控えて欲しいかなぁって、」 「ダメ、ですか?」 「うっ ―――― わかったよ。でもお願いだから程々にね」 「そんなに可愛い顔をされては歯止めが効かなくなりそうですね」 「そういうからかう様な科白も控えて下さい!」 「それはダメです。僕の今一番の楽しみですから」 多分これから先ずっと、ジョルノには翻弄され続けるんだろうな、と予感しつつも。 それも悪くないと思ってしまっている自分がいるのも確かなのだった。 * |