地球での生活は中々に快適なものだった。 それもこれも、銀時からの恩恵に寄るところが大きい。 この家の修繕もだけど、銀時のこれまで培った人脈にも大いに助けられた。 私に働き口を斡旋してくれたのは新八君のお姉さん、お妙ちゃんだ。 現在私はお妙ちゃんも在籍しているキャバクラの裏方で働かせてもらっている。 うん、当初は確かにそういう話だった筈なのだ。 しかし最近では、ホステスが足りない時に表に出されたりしていてそっちの頻度が増してきている気がしないでもない。 私はこの年まで正式に働いた事のない人間なので接客業なんて無理だと思っていたけれど。 案外なんとかなってしまうもので、店に来るお客さんも面白可笑しい人たちが多い事もあり日々楽しく過ごしている。 あとは、お登勢さんのお店の手伝いであったり。 人手が必要な万事屋の仕事に駆り出されたり(ただしこちらは賃金をもらえたためしがない)。 一人暮らしも大分板についてきたのではないだろうかと自負している。 普段であれば仕事中の時間だが、オフ日の今日は夕食も入浴も済ませ後は寝るだけだ。 休みのありがたみを感じるのは、働いているからこそ味わえるもの。 さて、今夜はこいつを読みふける事にしよう。 一冊の手記を手に取り、テーブルにはホットココアをスタンバイし、最近購入したばかりのソファに腰掛け布陣は完璧である。 読み物に没頭し、ゆるやかに時間が過ぎゆく中で。 「―― おい、」 「――― !?」 不意にその流れを途絶えさせたのは覚えのありすぎる声だった。 恐る恐る声のした方へと振り向けば、入り口の壁にもたれかかりこちらを呆れたように見下ろす男が一人。 「俺が通り魔なら今完全にお前は死んでたな」 「――― 晋助。何で此処に?っていうかどうやって入り込んだの?鍵してあったはずだよね」 「こんな単純な造りの鍵じゃ、無いも同然だろ」 「ピッキングは犯罪です」 「今更罪状が一つ増えたところで何もかわりゃしねぇよ」 「それもそうか。で、何しに来たの?」 「近くに寄ったんで顔を見にな。随分と今の暮らしを満喫してるみたいじゃねぇか」 「おかげさまでね。ゆっくりしていけるの?お茶でも淹れようか?」 「いや、いらねぇ。けど今夜は此処に泊まってく」 「一応家主の意向をうかがおうよ」 「問題ねぇだろ」 「まぁいいけどさ」 さも当然といった態度にため息を一つ。 さよなら、私の至福の時間。 元々三人が暮らしていた家だから、一人泊める位訳ないがその為の準備は必要だ。 手記に栞を挟んで閉じる。 「何読んでたんだ?侵入者に気づけない程真剣に」 ドカリと遠慮なく隣に腰掛け、晋助の向けた視線の先には本の様な装丁の古びた一冊のノート。 「母さんの日記帳だよ。この家を片付けてた時に見つけてね。私の知らなかった両親の事や母さんの故郷の事なんかが書いてあって、中々に興味深いんだよ」 「そうかよ。酔狂な事だな」 「それに、何かの手がかりがあるかもしれないと思ってね」 「手掛かり、ねぇ。―― なぁ、千夜。今度は何を視たんだよ?」 「――― 何の事?」 「視たんだろ、お前の父親の最期の時と同様の何かを」 その通りだけど、解せない。 晋助がその事を断言できる根拠に皆目見当がつかないからだ。 「キャバクラ勤めにも金を稼ぐ以外の目的があるんだろう。あの店は色んな情報が集まりやすい。松平が贔屓にしてる店だし、奴のお気に入りの女と不自然な位に懇意にしているらしいじゃねえか」 「この上ストーカーの罪状まで背負っていようとはね。まさかのカミングアウトに戸惑いを隠せないんですが、どうしたものか」 「茶化すな。銀時の前で大泣きする程の内容だったんだろ」 「ちょっと待って、何でそんな事まで知ってんの?流石の私もドン引きなんだけど」 「あいつの口から直接聞いた」 いつの間に。 ていうか、晋助と銀時って仲違いして険悪な設定じゃなかったか? 何でそういうところは結託してるんだろう。 納得いく答えが返ってくるまで逃さない、と言わんがばかりの晋助を前にしては観念するより他はなさそうだ。 もう少し確固とした情報を揃えてから話そうと思っていたけど仕方がない。 「地球が壊れるところ」 「あ゙?」 「あの日視た夢の内容だよ。詳細はまだはっきりとわからないけど。内側から噴き出した光がこの星を壊すの。その光は神籬で父さんを死に至らしめた光と酷似していたから、母さんの手記に何かヒントが残されてるかもしれないって思ってね」 母さんの生まれ故郷、父さんが命を落とし、私が長年囚われていた星、神籬。 神籬がかつて宇宙で1、2を争う程の軍事力を有す事が出来たのは、アルタナに関する研究がどの星よりも進んでいたからだ。 父さんが滅ぼさなければ、今でも脅威的な存在として宇宙に名を轟かせていた事だろう。 「それで、成果はあったのか?」 「まぁそれなりにね。ついでに思いがけない情報も舞い込んできたんだけど、知りたい?」 「妙にもったいぶるじゃねえか。俺にも関わる様な内容なのか?」 「――― それは、これを見ればわかるよ」 これまでに私が入手した情報を私なりに解釈しまとめたノートを引っ張り出して傍らの晋助に手渡す。 訝しみながらも受け取りパラパラと流し読みしていた晋助の目が、その内容を理解するにつれて驚きに見開かれた。 「おいおい、こりゃ何の冗談だ」 「即座に馬鹿馬鹿しいって切り捨てないあたり、晋助にも思い当たる節があるんでしょ。最初は私も話半分に読み流してた。だってまさか、不老不死なんて、本当に存在するとは思わないもの」 ごく稀に、その星のアルタナの力を自身に取り込む体質の者が存在するらしい、というのが手記に記された内容だ。 そうして生まれ落ちた者は、老いもせず何百何千という時間を生きられるのだという。 「自分の父親と、育ての親の先生が不死者だったなんて、俄には信じられない。―― でもその一方で、腑に落ちた部分もある。先生の並々ならない強さの理由にもこれで説明がついた、ってね」 「ここに書かれた内容が事実なら、――― 先生は今もなお生きてるって事なのか?」 「おそらくは。まあそれも、生き死にをどう定義するか次第だと思うけど」 その事実を知ってから、私も独自に調べ回ったのだ。 先生と思しき人物は今、天照院に身を置いている。 「天照院奈落の首領、それが先生が松下村塾を始める前に持っていた肩書きの一つである事に間違いはなさそうだよ」 「そんな事まで記されてたってのか。何者だよ、お前の母親」 「母さんのノートに書かれてたのは不死者の存在についてだけだよ。肩書き云々は自分で調べたの」 「天導衆絡みの案件だろ。よく突き止めたな」 「神楽ちゃんとそよ姫様が友達でね、あっさり江戸城に入れたもので」 「―― お前、人には犯罪がどうのと抜かしておきながら。自分は国家機密に手ぇつけてんじゃねえか」 「あら、何の事かしら?」 「お前も相当な悪党だな」 「晋助に比べたら可愛いもんでしょ」 冗談めかしてみせてから、本題を切り出す。 「そういう訳だから、頭の片隅に入れといてよ。――― 近く本格的に、動くつもりなんでしょう?幕府を揺さぶれば天導衆も動き出す。そうなれば、天照院に身を置く彼の人物も動くかもしれない」 「そっちも筒抜けかよ」 「アンテナは常に巡らせてるからね。今度はちゃんと、自分の目で見届けたいし」 「止めねえんだな」 「止めて欲しいの?」 「な訳ないだろ」 「だって、どうあっても止まらないってのはわかってるから。それとも私が泣いて縋ったら止まってくれる?」 「やってみろよ。もしかしたら止まるかもしれないぜ?」 「心にもないくせによく言う」 今回の晋助の企みのおおよその部分はわかっている。 将軍暗殺、国崩しという名の祭りだ。 春雨とも手を組み、未だかつてない規模のテロになるだろう事は明白だった。 それに伴い、銀時との衝突も避けられないだろう。 いつか、その時がくると覚悟はしていた。 たとえどのような結末をむかえようとも、その時は必ず傍で見届けると決めていたから。 . |