夜闇に煌めく蝶

□夜闇に煌めく蝶
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時が加速し、混迷を極める世界の中で。
宇宙センター内の施設の屋上にて、その元凶である男と徐倫達は対峙していた。



「お前達には計り知れない事だろうが、最後に一つ言っておく。『時は加速』する。私の能力は新月を待たずして完成した。そしてこれは、お前達を始末するための能力ではないし、『最強』になるための力でもない。この世の人類が真の幸福に導かれるための力なのだ」



『メイド・イン・ヘブン』
生物の体感する時間はそのままに、取り巻く時間だけが加速していく。
命を持たない物質はその加速に耐え切れず朽ち果て、感知できる時の速さの違いが生物に脅威となって襲い掛かる。

太陽は有り得ない速度で沈み、辺りは闇に包まれた。
圧倒的な力を手にしたプッチの前に、絶体絶命の中で徐倫が目にしたのは―― 。



「――― 母さん?」



闇を仄かに照らす黄金色の光を纏った蝶だった。
それも一羽ではない。
何十にも及ぶ大小様々な蝶が辺り一帯に浮遊していた。

一拍遅れて、紗雪がその場に姿を現す。
娘の無事を知り、傍らに立つ承太郎の姿を認め、紗雪は安堵し二人に微笑みかけてから、元凶の男に目を向けた。



「初めまして、エンリコ・プッチ」
「空条紗雪か。今更一体何の用だ?」
「君の言葉を借りるのであれば、この世の人類が真の幸福を得られるように、これから君の成さんとする事を阻みに来たのよ」
「愚かな事だな。幸福を理解出来ない事も、私を阻めるつもりでいるという事も」
「その言葉、そのままお返しするよ。レミッションスケイルっ!!」



合図と共に蝶が一斉にプッチへと向かう。
既に蝶は憑けた。
鎮静の能力は浸透し始めている。



「言っておくが、調べ上げていたのは何もスタープラチナに限った事ではない。当然お前の能力も把握している」



しかしプッチは、迫りくる蝶に動じた様子はまるでない。
不敵な笑みを浮かべたまま、



「確かにスタンド能力の元を絶ってしまうお前のスタンドは脅威だ。しかし、その能力には大きな欠点が二つある。一つは、その効力が発揮されるまでに時間を要するという事」



流れる様な動きでもって、プッチは難なく蝶の大群を躱し、そして―――



「そしてもう一つは、吸血鬼の力を有するスタンド使いのお前自身よりも、スタンドが脆弱だという事だ。加速した時の中で動ける今の私にとって、その能力は何の問題にもならない。だというのに、のこのこと殺されにやってくるとは、ご苦労な事だったな」
「っ!――― 」



メイド・イン・ヘブンにより大多数の蝶が一斉に薙ぎ払われると同時、辺りに鮮血が舞った。



「っ、母さんっ!!」
「待て徐倫、迂闊に動くな」



血塗れになって倒れる紗雪と不敵な笑みを湛えてそれを見下ろす自分。
それがプッチが思い描いていた未来であった。



「――― あれは違う。あの蝶の群れは、紗雪のスタンドじゃあない」



だが現実は、プッチの予測に反していた。



「ガッハァ―― なっ、どういう、事だ。何故私が、ダメージを受けている?」



予想だにしなかった展開に驚愕を隠せず、プッチがその場に膝をつく。
彼の負ったダメージは甚大だった。
その身体は全身に強い衝撃を受けたかのようにボロボロだ。

その一方で、攻撃を受けた筈の蝶達は何事もなかったかのようにその場を浮遊している。



「小さな生き物にもそれぞれに命がある。蝶達は、ただ自分達の身を守っただけですよ。蝶への攻撃はそのまま自分自身への攻撃となり、場合によっては命取りになる」
「――― っ、ディ、オ?」
「残念ですが、僕は父ではありませんし、お前の行動を支援する者でもない」



この場に新たに姿を現したのはジョルノ。
彼の元へと、黄金色に輝く蝶たちは舞い戻っていく。



「君が私達の情報を熟知している事を逆手にとらせてもらったのよ。光る蝶は陽動。闇色に溶けて君の背にとり憑いているのが私の蝶よ」
「何だ、と」
「エンリコ・プッチ。確かに信仰は個人の自由だ。だが、それを共感できない他人に押し付けるのは看過できる事ではない。お前がしようとしている事は、今を生きる者達への冒涜だ」
「何故君が、私を、否定する。君が私を、」
「同じ事を二度言わせないでくれないか。僕はディオではない」



ツカツカと靴音を立てて、ジョルノがプッチへと近づいていく。



「どうやらこの地に足を運んだのは間違いではなかった様だ。ジョースターの血を継ぎ、ディオを父に持つ僕こそが、お前の企みを挫くのにお誂え向きだろう」
「私は、何としても時を一巡させる。加速した時の中で、人は、生涯を体験し、精神がその体験の記憶を蓄積する。そうする事で人は、『覚悟』を手に入れ、『絶望』を克服するんだ。人類はこれで変わる。『幸福』の中で人は生きられるんだ。何故それがわからない!?どうして、ディオの血を継ぐ君が、私達の道を阻むんだ!!」
「―― 道は誰かに与えられるのではなく、自分で切り開くものだ。未来の経験がなくとも、絶望を克服する強さを誰もが内に秘めている。お前の様な人間には今更何を言ったところで無駄なのかもしれないな、理解して貰おうとは思っていない。ただ、お前は運命に負けたんだ。その事実を受け止めて、永遠に彷徨い続けるがいい。ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム」

“ 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄っ―――!!! ”

「お前はこの先、何処へも向かう事はない。その望み、お前の言うところの天国に到達する事は決してないだろう。終わりのない時の中で、自身の行いを省みるんだな」



緩やかに白み始める空の下。
ジョルノのゴールド・エクスペリエンス・レクイエムの一撃がとどめとなり、プッチの企みは永久に潰えたのだった。







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