夜闇に煌めく蝶

□巡る因果 -後編-
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依然として意識を取り戻す事無くベッドに横たわったままの承太郎の傍らに寄り添い、どれだけの日数が経過した事だろう。

徐倫の見立て通り、承太郎は銃で撃たれてはいたもののその傷自体はそう酷いものではなかった。
それでも目を覚まさないのは、敵のスタンド攻撃の影響によるもの。

かつてディオの元にダービーという名の、人の魂を抜き取るスタンド使いがいたが、それと似た能力なのだろう。

魂の抜けた肉体は、そのままの状態が続けばやがて朽ち果てる。
そうさせない為に、今は波紋を流す事でなんとかその進行を阻んでいる状況だ。



「紗雪、気持ちはわからないではないけどあまり根を詰め過ぎない方がいい」
「ありがとう、花京院。でも、見た目ほどダメージはないから大丈夫」



波紋と吸血鬼の力は相反するものだ。
いくらスタンドで吸血鬼の力を抑えているとはいえ、それは完全ではなく。
波紋を使うと内出血の様な青あざが浮かび上がってくる。
そこに痛みが伴う事はないが、まぁ見ていて気持ちの良いものではないだろう。

当然吸血鬼の力の反発で波紋の力も幾らか削られてしまっている。
今この状況ではそれがどうしようもなく歯痒い。
最近ではもう割り切って気にしてなかったけれど、吸血鬼の血を疎ましく思うのは久々だ。



「因果応報ってやつかな、杜王町での事を思い出すよ。今あの時の承太郎と花京院の気持ちを痛い位に思い知ってる」
「杜王町、か。あの時倒れていたのは君の方だったね」



二十年位前になるのだろうか。
吉良吉影の攻撃を受け、私が瀕死の状態にまで追い込まれたのは。



「徐倫をあの場に残してきた事を悔いているのかい?」
「無理矢理にでも一緒に連れ帰りたい。そう思ったし、今でも実はそう思ってるよ」



思い返すのは、潜水艦で迎えに行ったその先の事。



“ 母さんっ!父さんが私をかばって。様子が変なの。銃で撃たれたってのもあるけど、それ以前に様子がおかしい。多分、敵のスタンド攻撃を受けたせいよ!! 傷自体は浅いの。致命傷も避けてる筈よ。此処までは何とか一緒に移動できたけど、此処まで来たら意識がなくなって、心臓も、止まってる ”



徐倫の言葉通り、承太郎は呼吸も脈もなく。
けれど、その場に留まれる時間は限られていた。

無闇に動かす事は躊躇われたが、何とか潜水艦の中に運び込む。
応急手当用の医療品は備えては来たが、果たしてそれらが役に立つのか。



“ よく頑張ったわね、徐倫。詳しい話は中で聞かせて。まずは此処を離れよう ”



先を促すも、徐倫は動こうとしなかった。



“ 徐倫? ”
“ ――― 母さん、私は一緒には行けないわ ”
“ 何を言って、 ”
“ 敵は外ではなく中に逃げたのよ。目的は私じゃなくて父さんだった。スタープラチナを、スタンドをかたちにして盗むことが目的であり、能力だったの ”
“ 駄目よ。此処は敵のテリトリー、留まるには危険すぎる。今は一旦退いて態勢を整えるべきよ。無策で挑むには分が悪すぎる ”
“ けどもしそれで間に合わなかったら?敵に身を隠されたらそれこそ成す術がなくなるわ。敵が刑務所の中にずっといる誰かなら、此処に居る事を許されている利を活かさない手はないでしょう。外に敵が逃げた時は母さん達に任せるわ。だから中の事は私に任せて ”
“ ――― 、 ”



承太郎でさえも、重傷を負わされた。
そんな敵がいる中に、大事な娘を残していくだなんて出来る筈がない。


吉良を取り逃がし追跡を続けようとした時に、承太郎から杜王町から出ていけと強く言われた時の事が不意に思い出された。

あの時の私は、反感ばかり強く持っていたけれど。
今ならわかる。

たとえ本人の意思をないがしろにしてしまう結果になったとしても、たとえそれで恨まれたとしても、危険から遠ざけたいと思う気持ちが。



“ 今此処で、父さんを助ける手立てを持っているのは私だけよ。父さんのスタンドは私が絶対に取り戻してみせるわ ”



けどそれ以上に。


――― 何もせずにただ待つだけの自分が嫌でこの十年、私は私なりに努力してきたんだよ。今度は一緒に戦いたい、ずっとそう思ってきた。また危険な目にあうのかもしれない。恐怖だってない訳じゃない。それでもさ、此処で戦う事から逃げ出したら、私は一生弱いままだと思うから。


あの時の私の幻影を徐倫の中に見た気がした。

譲れないものが徐倫にだってある。
その気持ちが身に染みてわかっているから、私には止められなかった。



“ わかったよ、徐倫。あなたに託す。けど約束して、絶対にあなたも無事で戻ってくるって ”
“ 勿論そのつもりよ ”
“ 父さんは私が絶対に死なせない。だから焦らなくていい。無理も油断も禁物よ ”
“ そこは初めから心配してないわ ”
“ あなたを信じて待ってる。―― 行ってらっしゃい、徐倫 ”
“ うん、行ってきます母さん。待っててね、父さん ”



その言葉を最後に、徐倫は元来た道を駆けていった。
そして私も、迎えに来た筈の娘を残し刑務所を後にしたのだった。



「大丈夫だよ。何せ徐倫は、君と承太郎の血を継いでいるんだ。きっと、どんな困難も乗り越えてみせるさ」
「そうだね、自慢の娘だもの。私も負けてられないな」



承太郎。

徐倫が今敵陣で頑張ってくれてるよ。
ホリィさんを助ける為に承太郎達が旅に出たのも高校の頃の事だったよね。

承太郎がそうだったように、きっと徐倫もやり遂げてみせる。

だからもう少し、頑張って。
絶対にあなたを元に戻してみせるから。






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