2001年、春。 此処は南イタリアのネアポリス空港。 こうして単身私がこの地に足を運んだのは、プライベートの旅行、などではなく当然仕事の為だ。 手帳には一枚の写真が挟んである。 そこに写されているのは汐華初流乃という名の少年。 SPW財団が地道な調査の末に見つけ出した、ディオの息子だ。 情報が舞い込むのとほぼ同時に、自ら志願して調査の為に赴いた次第である。 まぁ、その生い立ちこそ着目せずにはいられないが、汐華初流乃はまだ15歳の少年で。 至って普通の、全寮制の学校に通う学生だ。 興味はひかれるが、特別焦る必要もなし。 気長に情報を集め、一体どんな人物なのかを知れたらいいなとそう思っていた。 誓って言うが、本当にそれだけだったのだ。 だからまさか ――― 「タクシーをお探しですか?」 背後より声をかけられ振り返れば、鮮やかな金色の髪が最初に目につく。 「アルバイトで、これから帰るだけなので安くしときますよ。市内まで8000円でどうですか?」 緑がかった瞳。 胸元のあいた制服を着た少年が、丁寧な物腰でそう告げる。 目と目が合った瞬間にわかってしまった。 彼が汐華初流乃だと。 写真と大分髪型が違っていて印象がガラリと変わっているけど、顔立ちは変わらない。 それになにより私の中に流れる血が、彼がそうだと言っている。 「――― 相場はその半額位だと思うのだけど?」 「―― あの、失礼ですが。何処かでお会いした事がありましたか?」 「さあ、イタリアに来るのはこれが初めてではないので、もしかしたら何処かですれ違った事位はあるかもしれないですね」 「此処には日本から?」 「ええ」 「実は僕も幼い頃は日本にいたんです。同郷のよしみで1000円にまけておきますよ。どうですか?」 「また、一気に破格の値段を提示するのね。それだと怪しむなと言う方が無理な話なんじゃない?」 「どうするのかは貴方にお任せします。断られたのなら、僕は別のお客に声をかけるだけですので」 「そうだね、」 どうしたものかと考える。 とはいえ、悩んだところで答えが出そうにないなら取りあえずのっかってみよう、が私のモットーだ。 一期一会、こうして引き合った事にも何らかの意味はあるのだろうし。 「待ち時間無く市内へ行けるのは確かに助かる。それだけで十分私には利があるから、料金は規定通り支払います。その条件でお願いできますか?」 「僕は別に構いませんが、」 「良かった。貰い過ぎるのはどうも性に合わなくて」 「では、荷物は前の座席。お客様は後ろの座席に」 「ごめんなさい。精密機械が入っているから荷物はなるべく手元に置いておきたいの。構わないかしら?」 「ええ、構いませんよ。では、どうぞ」 後部座席が開かれ、荷物と共にタクシーに乗り込む。 「さっきアルバイトの帰りだって言っていたけど」 「はい」 「学生さんだよね。イタリアではタクシードライバーのアルバイトが流行っているの?」 「さあ?少なくとも僕の周りにはいませんね」 「そうなんだ。数ある中から何故この仕事を選んだのかな?」 「車の運転も人と話すのも嫌いじゃないってだけの理由ですよ。そういうあなたは、イタリアにはお仕事で?」 「仕事っていうか、今回は人探しかな。目撃情報を頼りに此処まで来たの」 「人探しですか、それは意外な理由ですね。どんな人をお探しですか?もしかしたら僕も何かお役に立てるかもしれない」 バックミラーごしに目が合って、どうしようかと少し悩む。 「その人は今から10年位前に、お母さんの再婚を機にイタリアに旅立ってしまったと聞いてね。15歳の少年なの。名前は汐華初流乃。日本人とイギリス人のハーフで、黒髪の、中々の美少年らしいんだけど。心当たりある?」 「そうですね。基本的にタクシーを利用するのは大人なので、他に何か探し人を特定するような特徴はないんですか?」 「特徴か。うーん、そうだな。―― 痣。多分彼にも痣がある。首の付け根辺りに、星型の痣が。けど、お客さんにそんな痣があるかどうかなんて、見れるはずもないよね。あっ、でも、同じ学校の子でいたりしないかな?」 「残念ながら。お役に立てずすみません」 「ううん、大丈夫。むしろご協力ありがとうございます」 バックミラーから車窓へと視線を移し、移ろう景色を眺めながら考察する。 結構な揺さぶりをかけてるつもりだけど、綺麗に躱されてしまったかな。 考えを顔に出さないスキルは承太郎並みなのかもしれない。 もしそうなら私に太刀打ちできるかどうか。 「――― あなたはどうして、その少年を探しているんですか?」 「彼の父親と同じ血が私にも混じっているから、かな。特別な目的がある訳ではないのよ。ただ興味があってね。彼がどんな人物なのか」 「――― そう、ですか」 「まあそれは建前で、観光を楽しもうって目論んでいたりもするんだけどね。―― この辺りで下ろしてもらえれば大丈夫だよ」 そう声をかければ、車が路肩に寄せられ減速し停止する。 汐華初流乃は運転席を降りて後部座席のドアを開けると、最初に荷物を外に出し、次いで此方に手を差し伸べてくれたのでその手を取って私も外へと出た。 「ありがとう」 「いいえ。お足元にお気をつけ下さい」 彼が出現させたスタンドには気づかぬフリをして礼を述べれば、悪びれた様子などまるでなくニコリと微笑まれる。 「あの、差し支えなければお名前と連絡先を教えていただけませんか?もしあなたの探し人についてわかった事があれば連絡させていただきたいので」 「まさかそんなに親身になってもらえるとは思わなかったな、イタリアの人は親切なのね」 「そんな事ないですよ。あなたともっとお近づきになりたいっていう下心からくる親切心かもしれませんよ?」 「面白い事言うね。――― 私は空条紗雪よ。此処には数日滞在するつもりでいるから、」 手帳を取り出し、彼の欲する情報を書き込んだところでそのページを破り取り差し出した。 「こっちが宿泊してるホテルの連絡先。で、こっちが日本の連絡先ね。何かわかったら報せてもらえると助かる」 「随分とあっさり教えてくれるんですね。訊いた僕が言うのも何ですか、もう少し警戒した方がいいのでは?」 「誰にでもではないから大丈夫よ。代わりと言っては何だけど、君の名前を教えてくれないかな?」 「僕はジョルノ・ジョヴァーナといいます」 「じゃあジョルノ君、どうもありがとう。おかげで助かったわ」 「いいえ、僕も楽しかったです」 それじゃあ、と彼に見送られそこで汐華初流乃改めジョルノ・ジョヴァーナとは別れた。 しばらく進み、角を曲がり彼の視界から完全に外れたところでようやく息をつく。 どうやら私は自分が思っていた以上に緊張していた様だ。 それを悟られない様に接していたつもりだったけど、果たしてどこまで通用しているのかはわかったものではない。 まさか、来て早々に出くわす事になろうとは。 幸先が良いのか悪いのか実に考え物である。 . |