夢小説

□すみれが一輪(アカセカ/安部 晴明)
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すみれが一輪。


古の国で、聖徳太子。 江の国で、徳川吉宗。 現の国で、夏目漱石。
これにパーティの 高杉晋作、森蘭丸を加え
五人の護人が 揃った。
あとは、祭殿で 詔、祝詞を詠唱する 儀式を行い、アマツカミにその身を顕してもらえばよい。


太陽を取り戻す旅もいよいよクライマックスを迎えようとしていた。

そんな、ある夜。
最終逗留地の現の国では 国主である 伊藤博文に 屋敷を借りていた。
日本の和文化と 西洋の洋式美が複雑に混じりあった 自慢の屋敷の縁側を 月が 青白く照らしている。

すみれの花が、一輪。

陰陽師、安倍晴明は 静かに杯を傾ける。

元々の青白い肌合いが 仄か 色づき 常時 浮かべている仏のような笑みは ない。 その無表情は 旅中で見てきた どんな 彼よりも 人間らしかった。


巫女が、一人。
ひたり ひたり と 縁側を歩いてくる。
このうすら寒い夜に 薄着で。

やがて 薄雲が 月を隠したそのとき、 ちょうど 足は 晴明の背で止まった。

「月が綺麗ですね」

巫女の先手を打った。

「そうですか? 私は 雲がないほうが元気で いいと思います。」

妙なことを言うものだ。

「月が、元気 ですか?」

「うん。 だって、この世の太陽はアマツカミ という方なのでしょう? なら、月にも神が居るでしょう。月の神様が元気なら アマツカミさんも元気になるでしょ。...ほら、雰囲気というのは大事ですから」

巫女は何でもないことのようにいう。
晴明の考えの核心をつくかのように さらりと ほんの一撫で。


巫女は 気分を害したかと思ったか 言葉をついだ。


「まぁ、綺麗とか美しいとかは そのときの心の持ちようによって変わるしね。明日になったら この月も綺麗かもしれませんし。」

「...そうですね」

「あまり深酒はおやめくださいよ?体に毒だから。あと寒いし。では」


ひらり、と浴衣の裾を夜風にはためかせ その小さい背は遠ざかる。

杯酒に揺れる 月は 雲間に煌々その身を映す。

そこに 眉根を寄せた端正な男の顔が重なって やがて 月ごと飲み干した。


すみれが一輪。 風に吹かれて 花を散らした。
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