短編置き場
□マワル
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理佐side
「理佐ちゃん、こっちきて」
声をするほうを振り向くと、穏やかな笑みを浮かべた梨加ちゃんと目が合った。
窓から差し込む光しかないはずなのに、その姿はすごく輝いてみえた。
梨加ちゃんの方に近づくと右手を引っ張られて、ふわりと優しい匂いに包まれた。
『…え、ちょ、ぺーちゃん?』
「理佐ちゃん…」
今までに感じたことの無いくらいの距離に、うるさいくらいに動いている心臓。
だめだ…、どきどきしちゃだめだ。
『どうしたの?ぺーちゃん』
「…」
『愛佳に怒られちゃうよ…』
そう、梨加ちゃんには愛佳がいるんだから。
私がどんなに想っていたって届かないってわかっているから、いつだって必死に零れそうになる感情を抑えているのに。
肩を押して身体を離すと、梨加ちゃんは切なそうな瞳をして、私の名前を呼ぶ。
あぁ、綺麗な目だな。
その大きな瞳に吸い込まれてしまいそうで一歩下がったのに、梨加ちゃんはまたその距離を縮めて…
気づくと、鼻が触れそうになるくらいの距離にある、目を閉じた梨佳ちゃんの顔。
あ、これ…キスしちゃうのかな。
ピピピピピピピピピッ!!
『わっ…!』
私も瞼を閉じたその瞬間、部屋に鳴り響いたアラームの音。
また梨加ちゃんの夢か…。
夢だと分かっているはずなのに、どきどきしている胸をおさえて深呼吸をする。
…よし。
これからの仕事のことに頭を切り替えて、ベッドから降りた。
歯磨きをして着替えて、時計を見るとまだ時間には余裕があったけど、荷物を持って部屋を出た。
「あ、理佐ちゃん」
さきほどまで頭でいっぱいだったあの人の声が聞こえた。
『おはよう。ぺーちゃん』
「おはよう」
まだ起きたばっかりなのか、眠たそうな目をしている。
そんな梨加ちゃんにむかって、可愛いなんていう資格は、私には無い。
今だって、梨加ちゃんが出てきた部屋は愛佳の部屋。
私も2人も寮なのに、2人はよくお泊りをしていて。
たぶん昨日も一緒に過ごしてたんだと思う。
あんな夢を見たばっかりだからか寝起きだからかわからないけど、鼻の奥がつんとしたのを感じて。
あれ、理佐ちゃん泣いてるの?と心配そうにする梨加ちゃんに、あくびだよ。と答えれば、そっか、まだ朝早いもんねと梨加ちゃんは笑った。
『…愛佳は?』
「あー、なんかまだ眠いみたいで、まだ時間あるしもうちょっと寝るって」
『待ってなくていいの?』
「待ってようと思ったんだけど…、二度寝して遅刻しちゃいそうだからやめたの」
『ふふっ、そっか』
たしかに、まだ梨加ちゃんの目は完全に開いていなかった。
そのまま梨加ちゃんと一緒に、寮の前に止まっているバスに乗り込んだ。
普段、あまり梨加ちゃんと隣に座ることは無いけど、今日はそのままの流れで隣に座った。
自然に縮まるその距離に、さっきまで感じていたどきどきがよみがえる。
そんな私をよそに、梨加ちゃんは小さくあくびをした。
『眠い?』
「うん…ちょっと」
『そっか。私のこと気にしないで、寝てていいからね?』
「ありがと、理佐ちゃん」
梨加ちゃんは優しいから、私に合わせて起きててくれるような気がしたから一応そういっておく。
昨日遅くまで起きていたのか、梨加ちゃんはすぐにうとうとし始めた。
可愛いな、寝顔も。
愛佳はこの寝顔を何回も近くで見ているんだろうなぁ。
そんなことを考えていると、左肩に感じた重み。
リュックを抱えた体勢で寝ていた梨加ちゃんの右手の力が抜けて、私の太ももの上に落ちた。
思わず、その白くて綺麗な手をそっと握ると、梨加ちゃんはぴくっと反応し、一瞬握り返される。
こんな時間が続いたらいいのに。
コップから水が溢れるように、少しだけ漏れた感情をとめたのは、
「…まな、か…」
『…っ!』
そんな梨加ちゃんの寝言だった。
慌てて、握っていた手を離す。
…そうだ。私が入る隙なんてないんだ。
わかっていても、ふとしたときに勝手に顔を出す自分の欲を恨んだ。
「あ、ぺー。ここにいた」
俯いていると、上から降ってきた愛佳の声。
その声に、梨加ちゃんが薄く目を開けた。
「ん…、おはよう、愛佳」
「おはよう」
「ごめん、先来ちゃって。愛佳、気持ちよさそうに寝てたから…」
「うん、ありがとう。よく寝られた」
『あの…、私もいるんですけど』
「あ、ごめん理佐。おはよう」
『おはよう』
2人が2人の世界に入ってしまう前に、いつものように会話に割りこむ。
そのときようやく愛佳と目が合った。
ザ・クールなんて呼ばれている私と愛佳。
一緒に居て安心するし、愛佳に、嫌な感情を持ってはいないけれど。
その、梨加ちゃんに向けた、あまりにも暖かい目。
その暖かさが残ったまま見つめられるのだけは、本当に。
そのときの愛佳だけはどうしても…嫌いだ。