短編置き場

□猫とヘッドフォン
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理佐side



6限目の始まりを伝えるチャイムの音に少しだけ罪悪感を覚えつつ、屋上へ続く階段を昇った。
同じクラスのあかねんがいってたとおり屋上のドアの鍵は壊れていて簡単に開いた。
秋と冬の変わり目。
冷たい風が肌を軽く撫でた。


中学から続けているバレー。
3年生が引退した今、私達2年生が主体となって活動していて。
大会が迫っている大事な時期なのに、昨日の練習で顧問と喧嘩をしてしまった。
6限目の授業はその顧問の授業だからこうして抜け出してきた。


雲ひとつない空を見上げながら背伸びをすると、さっきまで感じていた罪悪感は綺麗になくなった。



「にゃあ。」



…ん?
声が聞こえた方をみると、真っ白な毛並みの小さな猫がいた。
屋上に猫なんているのかと疑問に思ったけど、これまたあかねんが「学校に白い猫が住みついてるらしいよ。」といっていたのを思い出した。




『おいでー』



そういって手を伸ばすと、その猫は綺麗に回れ右をしたので自分でも苦笑いしてしまう。
動物好きなのになぁ。
昔から動物には好かれないほうだった。



「にゃあ。」



そう思いながら猫の背中を眺めていると、こっちを振り返って鳴いた。
なんとなく「ついてこい」って言われているような気がして猫の方へ歩いていくと、猫もそのまま歩き出した。



「にゃ。」



猫が立ち止まったのは、はしごの前。
これを昇れば、学校の中で一番高い場所にいける。
ばれたら確実に怒られるけど、子供の頃に感じていたような無邪気な好奇心が生まれていた私は、はしごに手をかけた。



『よいしょっと。…あ』



はしごを昇り、顔を出すと、知っている人の姿があった。



『…志田さん?』



座っている背中に向かって名前を呼んでも、返事がない。
無視されたのかと思ったけど、志田さんの耳につけられているヘッドフォンから微かに聞こえる音楽。

どうやら、爆音で聞くタイプらしい。



『志田さん。』

「うわっ!!びっくりした!」



はしごを昇りきり後ろから志田さんの肩を叩くと、びくっと大きく肩を震わせた志田さん。
目を大きくさせて驚いているその表情は、さっきの猫によく似ていた。
志田さんはヘッドフォンを肩にかけ、私に不思議そうな目線を向けた。



「…え、あの、ごめん。…誰?」

『渡邉理佐。一応同じクラスなんだけど。』

「あぁ、そうなんだ。」



私を知らないのは無理もない。
志田さんが教室にいるのを数えられるほどしかみたことがないから。
きっとクラスメイトのことは覚えてないだろうなって思ってた。



『あ、ちょっと待って…!』

「え、なに」

『いやなんていうか…、ちょっと話そうよ。』



沈黙が訪れ、ヘッドフォンを耳につけなおそうとした志田さんの腕を咄嗟につかみ、無意識にそんなことをいっている自分に少し驚いた。
ほぼ初対面の相手にこんなことをするほど、人付き合いが得意な方ではないのに。
志田さんは一瞬考える素振りをみせたけど、何も言わずにヘッドフォンを肩に下げたので話してくれるということだろうと勝手に解釈し、志田さんの隣に座る。



『志田さんはいつもここにいるの?』

「んー。登校したときは大体ここにいるかも。」

『そうなんだ。』

「…そっちは?」



志田さんと始めて目が合った。
それまで私に関心があるように見えなかったので、質問されたことに少し頬が緩んだ。



『顧問に会いたくないから、初めてさぼっちゃった。』

「ふーん。…てかなんでニヤニヤしてんの。」

『あ、いや、なんでもないよ』



せっかくこっち向いてくれたのに、志田さんは拗ねた子供のような顔で前を向いてしまった。
なんか、意外と話しやすいかも。
教室に来ない理由は知らないし、とくに悪い噂があるわけではなかったが、こんなに普通な反応をする子だということに少し驚く。
あ、そういえば。



『そのヘッドフォン、いつもつけてるよね。』



そう。
志田さんが話題に出れば、「あぁ、あの青いヘッドフォンの子ね」という反応がお決まりなくらい、ヘッドフォンが定着している志田さん。
今日つけているのも、その青いヘッドフォンだった。



『なんの音楽聴いてるの?』

「…聴く?」

『え、いいの?』



いいよ。と答えた志田さんは、ヘッドフォンを手に取り、私の頭につけた。
志田さんが近づいたとき、とくんと胸が高鳴ったように感じたのはきっと気のせいだろう。
ポケットからプレーヤーを取り出し、操作する志田さん。
流れてきたのは、優しいアコースティックギターの音と、落ち着いた声。
今の私達のような状況によく合う、静かで落ち着く曲だった。



『…いい曲だね』

「うん。あんま普段は聞かないけど」

『え、聞かないのになんでこれ?笑』

「なんか、似合うなぁと思って。」

『私に?』

「うん」



そういうと、志田さんは優しい顔をした。
なんだ…この子。
そっけなくしたり、今みたいに穏やかな表情をしたり、志田さんの表情はころころ変わる。
でも、そのペースが掴みにくいわけでもなく、むしろ心地よいくらいだった。



『志田さんがいつも聞いてるやつ聞かせてよ』



プレーヤーを操作しはじめた志田さんの顔が悪戯をたくらんでいる子供のように見えたのは気のせいか。



「私が聞いてるのは…これ。」

『…わっ!!うるさっ!』



…気のせいじゃなかった。
志田さんがボタンを押した瞬間、私の耳元から流れ出した爆音。
ヘッドフォンを取って志田さんの顔を見る。
志田さんは身体を震わせ、笑いを堪えていた。



『はぁー、もう!びっくりしたっ!』

「ぷっ!はっはっは!ごめんごめん笑」



謝りながら、志田さんは笑った。
大きな目を三日月のような形に細めて笑った。

…あぁ、やっぱり気のせいじゃなかった。
今、胸がうるさいのは、やっぱり志田さんのせいだ。



「ん、どした?」

『…好き。』

「…え?」



自分でもびっくりするくらい自然に零れたその言葉に、志田さんは動きを止めた。
私は慌てて、適当に誤魔化す。



『あ、あの…最初に聞いた曲、好き。』

「…あぁ。いいよね。…CDいる?」

『え、いいの?』



それは、またここに来てもいいってこと?
私の考えを察したように志田さんは笑った。



「あ、まぁさぼるのがいやだったら来なくてもいいけど。」

『いや、またくる。絶対くる。』

「ふふっ。わかった。じゃ、明日持ってくる。」

『ありがとう。』



そういったところで、6限目終了のチャイムが鳴り、志田さんが立ち上がる。



『…どこ行くの?』

「どこって、授業受けようかと思って。」

『え、本当?』

「うん。出席日数やばいし。あ、でもたぶん明日は授業でないから、ここで会おうね。」

『うん、わかった。』



そのあと、一緒に教室に戻るとあかねんから質問攻めにされた。
なんて答えようかとちらっと志田さんを見ると、志田さんはこっち見ていて、声を出さずに口を動かした。



「理佐、ごめん。」



そういって、また志田さんは子供のように笑った。

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