止められた時計
□4章、お茶会
2ページ/3ページ
「リン=ダージ。」
リンは突如、自分の名前を言った。
自分の名前と言っても、ブラッドのつけた仮の名であるが、記憶を持たない彼女にとっては唯一の持ちえる名前である。
「苗字と名前、逆にすれば“ダージリン”。紅茶の名前、ですよね。」
どうやら彼女は気付いていたようだ。
ブラッドは素直に頷く。
「記憶をなくす前に紅茶に慣れ親しんでいたからこそ、気付けたんだと思います。」
彼女の言うとおり、紅茶に興味がなかったり、ダージリンという言葉を頻繁に聞いていなかったら気付かないだろう。
その証拠に双子とエリオットは気付いていないようだった。
「それに紅茶の名前を持った私です。好きにならないはずがないですよ?」
リンの言葉にブラッドは思わず低く笑っていた。
彼女はなかなか賢いようだ。
アリスとは違った面白さがあるようだ。
振り回し、振り回されてくれたアリスだが、リンは振り回す事を許さず、軽く避けてくる。
「では、次の時間帯にお茶会をしようじゃないか。」
ブラッドは立ち上がり、そう言った。
「もう身体を起こしているところを見ると、怪我の方は順調に回復しているようだ。うまく弾が貫通したおかげらしいな。」
前の時間帯前、リンは起き上がれなかったのだが、もう上半身を起こし、ベッドに座っている状態だ。
「ふぇ?え、私って撃たれたんですか!?」
どうやら、リンにはその記憶もなかったようだ。
「私も傷口を見たが、確かに拳銃で撃たれたものだった。余所者の君が誰かに撃たれるなんて事はないだろうから、流れ弾でも当たったんだろう。」
「あう〜、私って運が悪い・・・。」
リンは苦笑を浮かべて、撃たれた箇所を手で押さえた。
「まぁ、死にかけていたところをエリオットに助けられたのだから、そう運が悪いってわけでもないだろう。」
ブラッドの言葉にリンは頷き、にこりと笑った。
「そうですね、本当にエリオットさんには感謝してます。」
「君は・・・敬語で話すのが口癖なのかな?」
ブラッドの唐突な質問にリンがきょとんとする。
自分自身も唐突だと思ったが、気になってしまったのだ。
「えーと、違いますけど?」
リンは不思議そうにしながらも、首を横に振った。
「では、無理に敬語じゃなくていい。それに“さん”は止めたまえ。他の奴らにも呼ばれた事ないからな、虫唾が走る。」
ブラッドさんなどと呼ぶ者はこの世界にはいない。
呼び捨て、もしくはボス、それか二つ名で呼ばれる事しかない。
それに自分はマフィアのボスだ。
さん付けで呼ばれるなど、まったくもって相応しくない。
「え、じゃあ・・・ブラッド?」
リンは戸惑いながらもブラッドを呼び捨てする。
「何かな?」
試しに呼んだだけというのが分かったが、ブラッドはそう尋ねた。
「これから、よろしくね〜。」
ふんわりと微笑んだリンの笑顔。
やはり、それは、そことなく・・・。
作り物めいていた。
「ああ、飽きるまでここにいたまえ。」
私が、君に、飽きるまで。