止められた時計

□4章、お茶会
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「リン=ダージ。」


リンは突如、自分の名前を言った。
自分の名前と言っても、ブラッドのつけた仮の名であるが、記憶を持たない彼女にとっては唯一の持ちえる名前である。


「苗字と名前、逆にすれば“ダージリン”。紅茶の名前、ですよね。」


どうやら彼女は気付いていたようだ。
ブラッドは素直に頷く。


「記憶をなくす前に紅茶に慣れ親しんでいたからこそ、気付けたんだと思います。」


彼女の言うとおり、紅茶に興味がなかったり、ダージリンという言葉を頻繁に聞いていなかったら気付かないだろう。
その証拠に双子とエリオットは気付いていないようだった。


「それに紅茶の名前を持った私です。好きにならないはずがないですよ?」


リンの言葉にブラッドは思わず低く笑っていた。
彼女はなかなか賢いようだ。
アリスとは違った面白さがあるようだ。
振り回し、振り回されてくれたアリスだが、リンは振り回す事を許さず、軽く避けてくる。


「では、次の時間帯にお茶会をしようじゃないか。」


ブラッドは立ち上がり、そう言った。


「もう身体を起こしているところを見ると、怪我の方は順調に回復しているようだ。うまく弾が貫通したおかげらしいな。」


前の時間帯前、リンは起き上がれなかったのだが、もう上半身を起こし、ベッドに座っている状態だ。


「ふぇ?え、私って撃たれたんですか!?」


どうやら、リンにはその記憶もなかったようだ。


「私も傷口を見たが、確かに拳銃で撃たれたものだった。余所者の君が誰かに撃たれるなんて事はないだろうから、流れ弾でも当たったんだろう。」

「あう〜、私って運が悪い・・・。」


リンは苦笑を浮かべて、撃たれた箇所を手で押さえた。


「まぁ、死にかけていたところをエリオットに助けられたのだから、そう運が悪いってわけでもないだろう。」


ブラッドの言葉にリンは頷き、にこりと笑った。


「そうですね、本当にエリオットさんには感謝してます。」

「君は・・・敬語で話すのが口癖なのかな?」


ブラッドの唐突な質問にリンがきょとんとする。
自分自身も唐突だと思ったが、気になってしまったのだ。


「えーと、違いますけど?」


リンは不思議そうにしながらも、首を横に振った。


「では、無理に敬語じゃなくていい。それに“さん”は止めたまえ。他の奴らにも呼ばれた事ないからな、虫唾が走る。」


ブラッドさんなどと呼ぶ者はこの世界にはいない。
呼び捨て、もしくはボス、それか二つ名で呼ばれる事しかない。
それに自分はマフィアのボスだ。
さん付けで呼ばれるなど、まったくもって相応しくない。


「え、じゃあ・・・ブラッド?」


リンは戸惑いながらもブラッドを呼び捨てする。


「何かな?」


試しに呼んだだけというのが分かったが、ブラッドはそう尋ねた。


「これから、よろしくね〜。」


ふんわりと微笑んだリンの笑顔。
やはり、それは、そことなく・・・。
作り物めいていた。


「ああ、飽きるまでここにいたまえ。」


私が、君に、飽きるまで。
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