止められた時計

□8章、本と銃
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「・・・・・・。」

ぼんやりと窓の外を見ている者がいた。
いや、窓じゃない。彼女が見ているのは一冊の本だった。

「おー、どうした?ぼうっとして。」

エリオットは不思議そうにリンに声をかけた。

「あ、エリオット!」

リンは振り返り、エリオットの顔を認めると、ニッコリと笑顔になった。

「真っ白だった本に、1行だけ、書かれたんだ。」
「書かれた?」

エリオットは怪訝そうな顔で、本を覗き込んでみる。
確かに、真っ白な紙に1行だけ、文字が並んでいた。

「すごいよね〜、勝手に文字が浮かび上がってきたんだよ。」
「へ〜。」

リンの言葉に頷くも、エリオットは不思議そうに本を見た。
余所者のアリスがこれを見たら驚くだろう。
この国に住んでいる自分でも不思議に思っているのだから。
文字が勝手に浮かび上がる本など、あっただろうか。
無知な自分には分からないが、ブラッドなら分かるかもしれない。
なんせブラッドは知識が豊富で頭が良い。
エリオットの尊敬すべき上司なのだから。

(ブラッドはすげーよな〜。)

エリオットは心の中で、うんうんと頷きながら、文字列の内容へと意識を向ける。



『それはある晴れた日の午後の事でした。』



「・・・?」

何の事を指しているのか、まったく分からない内容だった。

「・・・物語の一部、かね?」
「おわぁ!!」

背後からの声に、思わずエリオットは驚いてしまった。
ブラッドは気配を消すのが上手い。
そして、エリオットはブラッドの気配に疎い。
今回はその相乗効果で、ブラッドが近付いていた事にまったく気付かなかった。

「・・・エリオット、君は本当にマフィアのNo.2か?」

ブラッドに呆れられてしまった。
エリオットは耳をしゅん、と垂らして謝る。

「す、すまねぇ、ブラッド。戦場では絶対にこんな過ちは犯さねぇ。」
「当たり前だ。」

しかし、ブラッドには一蹴されてしまう。

「で、この1行は物語の一部かね?」

落ち込む暇もなく、ブラッドが質問をしてきた。

「いや、俺は物語とか読まねぇから、わかんねぇ。」
「たぶん、そうだと思うよ〜。」

リンがにこっと笑って、ブラッドの質問に答える。
ブラッドもリンも読書家だ。
こういう質問は自分が口出ししない方がいいだろう。
そう思い、エリオットは2人の会話を黙って聞き始める。

「でも、なんの物語なんだろうね。」

リンがむぅ〜と首を傾げながら、考え込む。
この冒頭の物語があったか、記憶を探っているのだろうか。

「私の記憶にはないね。」

たくさんの本を読んでいるブラッド。
その本を全て覚えているのだろうか。
だったら、なんてブラッドは凄いのだろう。

(やっぱり、ブラッドは尊敬するぜ!)

エリオットは思わず目をキラキラと輝かせながら、ブラッドを見た。

「・・・君はそもそも記憶がないから、分からないだろう。」

ブラッドはなぜか、エリオットから顔を背けるようにリンに言った。

「うん・・・でも、やっぱり・・・。」
「気になるんだろう?」

ブラッドの言葉にリンは頷く。

「記憶がないとはいえ、脳にはその記憶は残っている。ただ忘れているだけでな。」

そう言うと、ブラッドは優しくリンの頭を撫でた。
ブラッドの手の下にあるリンの頭。
その中にはどんな記憶があるんだろうか。
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