「オレ、君からのチョコレート楽しみにしてるからね〜!」
「………まじかぁ」
ひらひらと手を振って、しばらく用事で家を開けると言った王馬はそのまま出て行った。
時は2月初め。まさかこんなことになろうとは。
ざわざわと賑やかで、女性がきゃっきゃと色めき合う催事場。大きな文字でバレンタインを告げている。
箱や缶に詰められたチョコレートを、まるで宝石を見るかのように楽しげに眺める様は、どんな人だって可愛らしい。
そんな中、俺は一人、このバレンタインの催事場に立っていた。王馬のせいです。
王馬にあんな可愛い顔でバレンタインのチョコレートをねだられたら、用意しないわけにはいかないだろうと、出向いてみたものの、やはりどこか居心地が悪い。
「う、ううん…」
まじまじと見る。ショーケースの中に所狭しと並べられたチョコレート。美味しそうに見えるけれど、何がいいのかまでは俺はわからない。
「あの…」
「?」
そんな中声をかけられて、顔を上げる。戸惑ったような表情を浮かべるお姉さんが、気づいた俺に苦笑いを浮かべた。冬ではあるが屋内の、しかもみっちりと人がいる売り場では少々暑いのか、その頬はかすかに上気していた。
ん?あれ、そういえば、俺の周りあんま人いないな?邪魔だったのか?
「す、すみませんまじまじと…邪魔でしたよね…」
「あぁ、いえ!そんなことは…!か、彼女さんにですか?」
彼女?
思わず、目をぱちぱちと何度か瞬きをする。彼女。…ま、まぁ確かに、こんな時期な男一人でいるんだから、彼女へのチョコレートだって思うよな?
しかし、これはむしろ、いいのでは?大切な人には…変わりないんだし。
少しだけ気恥ずかしくなって、頬をかりかりと掻いた。お姉さんと目を合わすのが少し恥ずかしくて、視線を右往左往させる。
「ま、まぁ…そんなもんです」
「って、買ってきたのがこれなの?」
「………好きそうだと思ったんだけど、きらい?」
きっちりバレンタインデーに帰宅した彼はリボンを紐解いてぱかり、と蓋を開けて唇を尖らせてそう言う。箱の中に詰め込まれたチョコレート。
…ミニカーとか、工具とか、そういう形をしたチョコレート。確かに、店員さんにはめちゃくちゃ戸惑われて、これでいいんですか?なんて聞かれまくってしまったけれど。
1つチョコレートをつまむ。
照明に照らすように、瞳より上に持って、まんまるな紫色の瞳がそれを見上げた。
無言。
う、やっぱり、ちゃんとしたおしゃれなチョコレートが良かったんだろうか。王馬の研究教室に車が置いてあるから、嫌いじゃないだろうと思って買ってきたのに。
「そ、そもそも…あんな女のひとがたくさんいるようなところ、長居できないってば…」
言い訳のように漏らす。
色めき合う声、うれしそうにはしゃぐ女のひとたち。俺があまりにも場違いで。
「にしし」
「?」
笑い声が聞こえる。
王馬を見ると、にんまりと唇は弧を描いて、まんまるな瞳は細められていた。
「恋人に渡すチョコひとつ満足に買えないなんて君にはがっかりだよ〜!でも、ま、オレのためにわざわざあんなところに乗り込んで、…オレのこと考えて買ってきてくれたんだから…許してあげる。仕方なくだよ?」
ぱくりっ!
一口で放り込んで、王馬はふにゃりと笑った。