カラフル〜近距離恋愛編〜

□act.03 ベイカー街の亡霊
1ページ/7ページ


気付くと、降谷さんの居ない部屋で目が覚めた。
どれくらい寝てたのか少し背中が痛い。
携帯を握り締めて眠っていたから時間を確認すると朝の十時を過ぎようとしていた。

降谷さん、家主を置いて先に眠ってしまってすみません。
泣いたまま寝たから目尻が少しヒリっとする。

「おはようございます」

声にしてみたけど返事はない。
つまり、降谷さんは仕事へ行ったようだ。
上体を起こして洗面所で顔を洗って歯を磨く。
それからトイレに行って、また戻って化粧をして、適当な服に着替えて、ダイニングの椅子に座った。

朝食を作って置いてくれていた降谷さんの手料理に箸をつける。
書き置きの紙を見て、また胸が締め付けられて視界は滲んでいく。

おはようございます、よく眠っていたようだったので起こしませんでした。
冷蔵庫の中にサラダもあるので食べてください。
デザートにプリンも作ったので良ければ。

ポロッと紙に落ちてしまった涙に慌てて上を向き流れないように耐え、ティッシュで化粧が取れないように水滴を拭う。
冷蔵庫からサラダとプリンを取り出し、再び椅子に座って食事にありつく。

「美味しい……」

ああああぁぁぁ、涙腺バカになってるよ、涙どんどん出て来る。
結局泣きながら食べてしまい、汚い顔のまま食器を洗って荷物を詰め、化粧を整えてから降谷さんの書き置きの紙の端にメッセージを添え、合鍵を置いた。
棚にあった粗大ゴミ用の紐を少し貰い、グルグルとノブに引っ掛け外に出て紐を引っ張れば鍵は閉まる。
紐を回収して鞄へ仕舞い、駐車場に止めてあった愛車に乗り込む。

私がいると、ダメになる。

その文字が昨日からずっと脳内にあって気持ちは沈む。
降谷さんの事が大好きだからこそ辛い。
ふぅーと深く息を吐いて時間まで携帯の電源を落としドライブをする事に決めた。
どこに行くでもなくドライブスルーで軽食をしてアイスも食べて海沿いを走ってから一息吐いた頃に愛車で会場の駐車所へと入った。

「…………」

携帯の電源を入れると降谷さんからの着信が沢山届いてて罪悪感に見舞われる。
家に帰って、メッセージを読んだんだろうな。
一件のメールを開くと、会いたいの一言だけあった。
返事をする事無く携帯を鞄に仕舞って

降谷さんが会場に来るかは分からないけど、居たとしても皆がいるからきっと大丈夫。

『シンドラー・カンパニーのシンドラー社長が到着しました。さて、私達マスコミに配られた資料によりますと、コクーンと言う愛称のこのゲームは繭の形をしたカプセルに入り、催眠状態の中で音声認識システムを持つゲームと対話しながらバーチャル・リアリティの世界で遊ぶという最新テクノロジーの粋を集めたゲームです』

マイクを持った女性がカメラに向かい話している声が耳に届き、足を止めてシンドラー社長を見る。
立派な髭が印象的でめちゃくちゃ悪人顔をしている。

『高校生以下の選ばれた少年少女50人が日本初のコクーン体験者となるのです』

一通りの説明を終えたのを確認してから建物に入り、固定式金属探知機を潜る。
仕方なく愛銃は鞄と共に車に置いて来たから手ぶらで入場をした。
本当に仕方なくだ。

「あの、すみませんが招待状を」

「ないです、鈴木財閥に誘っていただきました」

名前を言えば確認しますので少々お待ち下さいと言われ、暫く待っていると話が通ったようで中へと入る事が出来た。
廊下からコクーンが設置されている部屋を見下ろすと、綺麗に卵型が50個並んでいる。
それからソっと会場入りして端の方で壁に凭れ掛かり、コクーン完成披露パーティーと書かれた弾幕をボーッと見る。

遠目から今日ゲームに参加する子供達がバッジを貰っているのを眺めていると、近付いて来た男に視線を向ける。

「安室さんの所には行かないんですか?」

「行けない……」

「それは何故」

「や、行けないでしょ」

眉を下げて笑えば隣に立つ昴さんの顔をした赤井さんに無表情のまま見下ろされた。

「彼、待ってるんじゃないですか」

「彼は待つ人じゃないよ、常に忙しく動いてる人じゃない?」

ダメダメ、また泣きそうになる。
こんな所で泣いちゃダメだよ。
こんな公の場で祝いのイベントであり、何よりも子供が沢山いるんだ。
そんな所で泣いちゃダメ。

ピッと機械音がしてどうしたのかと昴さんを見れば小さく息を吐いた。

「喧嘩したのか」

「喧嘩じゃないよ、私がいると降谷さんがダメになるから……私から離れたの」

「降谷くんはそれを許すと思うか?」

「私彼の前から消えるよ」

本当はまだまだポアロに通いたいし、本庁で仕事もして自分の稼いだお金で生活もしたかったけど、流石に米花町近辺にはいられないかな。

現実を考えると意外と頭は冷静になって来たかもしれない。
そんな時、照明が消えた。
優作パパが紹介され、それから今回の目玉であるコクーンの紹介をされる。

『人間の五感を司り、触覚も痛みも匂いも全ての感覚が現実のような世界にプレイヤーはおかれます。電気的に中枢神経に働きかけるシステムが用いられ、身体に全く害はありません』

そこでハッとした。
この暗闇でシンドラー社長が会場を抜けて、どこかの部屋でヒロキ君のお父さんが殺される筈だ。
どこかは分からない。
でも、行かないと。

足を進めた瞬間会場の明かりが戻った。
辺りを見ながら会場を出て廊下を進む。

「っ!すみません」

角で誰かとぶつかって謝罪をしてから顔を上げると今まさに探していた人物であるシンドラー社長だった。
私が謝ったのにも関わらず、睨まれた上に急いでたのかそのまま去って行こうとしたからその背中に舌打ちが漏れた。

「そっちもぶつかったんだから謝りなよ」
「悪いが急いでいる」
「急いでるなら尚更一言謝っていけカス」

私だけが悪いわけじゃない。
向こうも余所見してたからぶつかったんだろ、だったら過失は50/50だよ。
それなのに、早足で去って行った社長に苛立ちは収まらない。

社長の来た道を確認すれば下へと続く階段があった。
その先は薄暗い。
つまり、もう殺された可能性が高い。

踵を返して会場に戻ればシンドラー社長は当たり前のように笑顔を振りまき会話を楽しんでいた。

会場の照明が消え、今度は沖野ヨーコちゃんのショーが始まるという事で、興味がないのでバルコニーへと足を運んだ。

「離れないでください、そう言いましたよね」

昨日聞いた台詞が耳に届いて幻聴かとも思ったけど、振り向くとすぐ傍に降谷さんがいた。
普段とは違う色合いのスーツを着ていて凄く様になっている。
降谷さんの肌と髪色に良く合う色だ。
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ