亜人◇短編

□ある日のゲーム。
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コーヒーを口に含むと苦味と酸味が口いっぱいに広がる。
決して甘くないブラックコーヒーを飲むのが日課な佐藤さん。
どうしてそんなにコーヒーが好きなんだろうか。
別に私はコーヒーが嫌いなわけではないが毎日何杯も飲まない。
まあ、佐藤さんの嗜好をどうのこうの言うのは如何なものかと思うが気になる。
ゲームだってそうだ。
レトロゲームが好きかと思いきや新作も好きなようだ。
今もコーヒーを飲みながらゲーム中。
このコーヒーはもともとホットだったけど常温になってそうだ。
今は小寒い季節だし。

「暇なの?」

「へ?」

「ずっとこっち見てるよね。」

「…画面見てたんですよ。」

「じゃあやる?」

「わたし格ゲー苦手なんですよ…。」

「そっか。」

「佐藤さん、この格ゲーの必殺技、この間のSAT戦の時使ってましたよね。」

「ばれた?」

「はい。」

「本当によく見てる子だね。」

「……。」

「それだけ洞察力と記憶力があれば出来るよ。」

「えー…。」

佐藤さんとゲームだなんて…しかも隣でゲームだなんて…至近距離でゲームだなんて…。
近くに行きたいのは山々だけど心臓がもたないです。


「ほら。こっち。」

「……。」

しかしこんな機会逃したら二度とチャンスがないかもしれない。
私は佐藤さんの隣に座りコントローラーを貰う。

「これがキック、これがパンチ、ここがガード、こことここを同時に押して必殺技。いいね?」

「…はい…て、えっいきなり始めるんですか!?佐藤さんは?」

対戦かと思いきや佐藤さんはコントローラーを置いていた。

「喉乾いたからコーヒーブレイク。ほら、敵が後ろから来たよ。」

「…!!あ、あれ、」

画面の中の操作するキャラクターを十字キーを押して前に進ませる。
が、敵キャラからパンチとキックの応酬。
さらに必殺技を喰らって綺麗なフォームで吹っ飛ぶ。
となりで佐藤さんの短く乾いた笑いが聞こえた。
やばい。私のライフもこのキャラのライフも亡くなるぞ。
必死にガード、連続パンチ、必殺技をなんとか繰り出して相手のライフを削る。
まぐれなのか当たってくれた!
よし、あと少しだ…!!
すると画面の上からアイテム的なモノが降ってきた。
私はそれ目掛けてキャラクターを動かす。

「あれ!?……佐藤さん!!これっアイテムどうやってとるんですか!??」

「あ、それね。それは…」

そうこうしてるうちに敵が近づくので私は適当に色んなボタンを押しまくる。
ドカーーーーン。
画面の中の敵と私のキャラクターが吹っ飛んだ。

「それ、タイマー付きの爆弾だからすぐに取らないと爆破するの。」


「…それ早く教えてくださいよ。ていうかこれ、難し過ぎじゃないですか?!」


「だってハードモードだもん。」


「…。」

ハードモードだもん、って…。
可愛すぎるんですけど。
こうして大した手ほどきが無いままゲームを5時間やらされた私。

「すごいじゃないか!最終ステージだよ!」

嬉しそうな佐藤さん。

でももう身体を動かしたくてしょうがない。

「もうライフが1しかないんですけど…!」

「大丈夫。リセットして最初からやればいいんだから。」

「え…最初から…?!」

「何か問題でも?」

佐藤さん…少し威圧的。

「いえ…ありません。暇人ですから。」

誰か、このゲーム講座から脱出させて…。
なかばげっそりな私。
手の関節が炎症起こってるんじゃないかってほど熱を感じる。

「ねえ。暇人なら手伝ってよ。僕は君達が遊んでる間、ずっとパソコンで与えられた仕事をしてるんだよ。普通の人なら死んでるよ。僕何回死んだと思う?中国の2000回の新記録更新出来る勢いだよ。」

無表情の奥村さんが部屋の奥から真っ黒なオーラーを放ちながら冷静にまくし立てる。

「あ、…じゃあ、私お手伝いを」

「だめだよ。」

「え…」


「ゲームを中断させられるの嫌いなんだよね。」


「…いや、ゲームやってるの私なんですけど。」

正しくはやらされている。

「ああ、そういう事か。育成ゲームね。」

奥村さんが納得したように言う。
今のでどう合点がいったのか不明だが…逃げられそうにないようだ。
私はしょうがなく再びコントローラーを握る。


「でも佐藤さんと互角になるほど名無しさんに素質があるとは思えないよ。」

と、奥山さん。

え、私もしかして育成されてたの!?

「いや、いい素質の持ち主だよ。」

「…佐藤さんひどい。」

「何言ってるんだい。楽しいだろ?」

「……はい。」

でも確かにゲームの手練れになれば佐藤さんとゲームをずっとやってられると思えば未来は明るいはず。

こうして格ゲーを朝日を拝む事なくぶっ続けでやらされた私でした。

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