苦しい恋を終わらせて

□4話 長い1日
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「安室、さん……?」

「何があったか話していただけますか」



 強く抱きしめられていて放してくれそうにない。
 ジンに会ったことは隠すことでもないし、沖矢さんにも話しておくべきことだから、私は安室さんにさっきあったことを話す。

 本当は誰にも迷惑をかけたくないけど、もしジンに目を付けられるようなことが万が一にでもあればそれこそ安室さんや沖矢さんの迷惑になる。
 そうならないためにも、早めに伝えた方が何かあった際の対処がとれるはず。

 私のせいで、安室さんが公安警察であることや、組織が殺したはずの赤井秀一が沖矢昴として生きていること。
 それに、コナン君の事や哀ちゃんの事が知られれば、関わっている関係者全員が殺される。
 そんなこと、絶対にあってはいけない。



「そうですか、ジンと……。わかりました。取り敢えず今はお店に戻りましょう。何かあれば僕が倉山さんをお守りしますから」

「ありがとうございます」



 笑みを浮かべお礼が言えるから、もう私は大丈夫みたいだ。
 さっきは取り乱してしまったけど、今は心も落ち着いて安定してる。

 これも安室さんが私を落ち着かせてくれたお陰。
 二度も抱き締められたことには驚いたけど、一回目は私を落ち着かせるためで、二回目は何があったのか聞き出す為にしたこと。
 あんな風に出来てしまうんだから、きっと安室さんの恋人になる人は幸せに違いない。

 そんなことをいつものように考えながら、私は安室さんとお店に戻る。



「紅那ちゃん大丈夫? お店に来た途端奥に行っちゃうから」

「すみません。でも、もう大丈夫です」



 マスターにも謝罪と挨拶をすると、お店のOPEN時間。
 開店作業は梓さんとマスターに任せてしまうということをしてしまったから、今日は普段の倍気合を入れて働く。

 マスターとは今日が初対面なのに印象が悪くなってしまったと思っていたけど、朝のことは気にした様子もなく、それどころか「よく働いてくれて助かるよ」と言ってもらえた。

 その後も何事もなく時間は過ぎ、時刻は20時。
 扉の文字をCLOSEDに変えて閉店作業をする。

 帰りは沖矢さんが迎えに来てくれることになってるけど、今思うとそうしてもらってよかった。
 ジンといつどこで会うかわからないことが今日でわかったから、なるべく一人になるのは避けたい。

 それに、あんな恐怖を味わった後に夜道を一人で歩くなんて出来なかったと思うから。


 閉店作業も終わり外に出ると、マスターと梓さんが帰る。
 私も沖矢さんと待ち合わせている場所まで行こうとしたとき、声をかけられ振り返った。



「もしよろしければご自宅まで送らせていただけますか。あんなことがあったばかりですから」

「ありがとうございます。でも大丈夫です。今日から沖矢さんがお迎えに来てくださることになりましたので」



 安室さんには心配ばかりかけてしまった。
 私は今日のお礼を伝え「お疲れ様でした」と言い残すと沖矢さんが待つ場所へと向かう。

 私がいつお店から出てくるかわからないので、ポアロの前に車を止めておくわけにもいかず、直ぐ近くにある停車可能な場所で待ち合わせることを沖矢さんと約束していた。

 ポアロからその場所は近い為、少し歩けば直ぐに沖矢さんの車が見える。



「お疲れ様です。では行きましょうか」

「はい」



 工藤邸に向かう車内では、今日ジンと会ったことを話した。
 勿論、泣いたことや安室さんに慰めてもらったことは内緒。
 恥ずかしいし関係のないことだから話さなくても問題はない。

 ジンとの接触で私が一番気にしていることは、きっと赤井さんも今頭に浮かんでいるはず。



「平然を装ったつもりですが、もしかしたら変に思われたかもしれません」

「そうですね。倉山さんは思っていることが顔に出やすいですし」



 自分ではそんなつもり無かったんだけど、沖矢さんにそう思われているということは、もしかしたらジンに違和感を与えてしまったかもしれない。

 もし目をつけられて、コナン君や皆の事が知られてしまったらと考えると不安になる。



「そんな顔するな。俺が命に変えても守ってやる」

「赤井さん……」



 その声は沖矢さんなのに、その言葉は赤井さんと重なる。
 何故ならその言葉は、赤井さんが哀ちゃんに言ったセリフだから。

 ついそのシーンが浮かんで彼の名を口にしてしまった。
 きっと蘭ちゃんがコナン君と新一が重なって見えるときも、こんな感じだったんだろうなと今ならわかる。

 でも私が不安なのは自分の身じゃなくて、皆に危険が及ぶこと。
 そんな私の気持ちに気づいていたのか「心配いりませんよ」と沖矢さんの口調に戻して言う。
 それ以上の言葉はなく、ただその一言を。

 それが赤井さんらしくて何故か安心できる。
 長い言葉で語らない、不器用だけど優しい、そんな彼を私は好きになったんだ。



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