苦しい恋を終わらせて
□5話 女心と洋服
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「どうかされましたか?」
「沖矢さんがわからなくて……」
意味がわからないといった表情の沖矢さん。
何故こんなにも彼は女心に鈍いんだろう。
そんな彼も私は好きだったはずなのに、その鈍さが自分に向けられると辛い。
いっその事、似合っていないとハッキリ言われた方が楽に思える。
今は工藤夫妻もいないから沖矢さんも言えるはず。
私が泣いたりなんてしたら気にされてしまうから、泣かないようにだけ気をつけないと。
「似合ってないならハッキリ言ってください」
「洋服の事でしたら先程もお伝えした通り、とても良くお似合いだと思いますよ」
私が聞きたいのは上辺の言葉ではないのに、どう言えば伝わるのかわからない。
暗い表情のまま顔を伏せていると、沖矢さんから思いもしない言葉が聞こえた。
「君の白い肌には黒がよく似合う。すまないが、俺にはこれくらいしか言葉が思い付かない。ただ、似合っているという言葉は本心だ」
今私の横にいるのは、沖矢さんではなく赤井さんだ。
口調も彼でぎこちないながらに伝えようとしてくれているのがわかる。
表情を一切変えずに言うのが赤井さんらしい。
自分の顔が熱くなるのを感じ、さっきまでとは別の意味で顔を伏せると「ありがとうございます」とお礼を口にした。
上辺だけの言葉だと思っていたのにそれが本音だと知り、傷付く心の準備は出来ていたけど高鳴る心の準備なんて出来てるはずもなく今すぐ冷水で顔を洗いたい気分だ。
赤井さんは普通に思ったことをそのまま伝えてくれただけなのに、好きなキャラからそんな風に言われたら黒しか着れなくなりそう。
流石にそれはあれだから黒以外も着るけれど、それくらい嬉しくて同じくらい恥ずかしい。
顔の熱を下げたいのに下がるどころか上がっていて、一体私は何をどうしてこんな自体になっているのか。
「着きましたよ」
沖矢さんの声にハッとすると、車がいつの間にか停車していることに気づき顔を上げる。
窓から見えたのは砂浜と海。
時刻は13時。
肌寒くなり始めた今の季節、浜辺に人はいない。
日差しで輝く海が眩しくて目を細めていると、名前を呼ばれて振り返る。
「こちらをどうぞ」
渡された紙袋は、私が昨日沖矢さんから貰ったドレスを入れていた袋。
中を見ると、やはりあのドレスが入っていた。
「昨夜、倉山さんが眠られたあと、お隣の阿笠博士に頼んだんです」
袋から取り出すと、落ちないと思っていた汚れも綺麗に落ちていて貰ったときと同じ新品状態になっている。
阿笠博士の発明品は凄いものばかりだけど、まさかこんなことができる物まであるとは思わなかった。
今日の時点ですでにドレスは綺麗になってたらしいけど、なかなか渡すタイミングが見つからなくて今になったことを話す沖矢さん。
私が眠ったあと部屋に入ったという発言だが今は気にしないでおこう。
クリーニングに出してもきっとここまで綺麗にならなかったと思うから。
「ありがとうございます。まさかこんなに綺麗になるなんて」
「私も驚きました。もしよろしければ、またそのドレスを着て一緒に食事へ行っていただけますか?」
「勿論です」
気付いたときには先程の恥ずかしさもなくなり、宝物を扱う様にそっとドレスを抱き締め応える。
好きなキャラからの誘いを断る人なんているはずがない。
その後、私と沖矢さんはお昼を済ませると工藤邸に戻った。
考えてみたら朝起きてから何も食べていなかったけど、それは沖矢さんも一緒だったみたい。
今日工藤夫妻が来ることは沖矢さんも知らなかったらしく、なんでも、二人がトリップしてきたという私に興味を示し一目見たいとわざわざロサンゼルスからやって来たようだ。
「おかえりなさい。帰りは朝になると思ってたのに残念」
「折角お二人がロサンゼルスから来てくださっているのにそんな時間に帰りませんよ」
その前に、朝帰りのところを否定してほしいんだけど、有希子さんの冗談に沖矢さんが合わせたといった感じだろうか。
「紅那ちゃん、なにかいいことでもあったみたいね。家を出ていくときより表情が明るいわ」
沖矢さんが言っていた通り、やっぱり私は顔に出やすいみたい。
一応自覚はあるものの、今日初対面の相手にもわかってしまうほどなんだと改めて実感する。
その後工藤夫妻の話によると、私達が出かけたあと二人は阿笠邸に行きコナン君や哀ちゃんに会ったそうだ。
今日は子供達が阿笠邸でカレーパーティーをするらしく、工藤夫妻と沖矢さん、私も招待してくれるそうなので、私は挨拶も兼ねてお邪魔することにした。
隣に住んでいるのに阿笠さんに挨拶に行く事をすっかり忘れていたけど、もしかしたら私を哀ちゃんが警戒してる可能性もある。
トリップした最初に会ったときも不審に思われていたみたいだから。
ポアロの前で考え込んで立ってる人を見たら不審に思って当然かもしれないけど、少なくても私は組織の人間ではないから嫌な感じは哀ちゃんに与えなかった筈だと思いたい。