心霊探偵八雲短編集
□桜舞う日
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四月。
春の陽気に包まれて、私は憧れだった明政大学に入学した。
「入学式長かったな…」
ぽつりと呟いて、ふと空を見上げた。
さっと風が吹いて桜の花びらが舞う。
「桜だ…」
なびいた髪を耳にかけながら、瑞季は桜が舞ってきたと思われる方へと振り返る。
「………」
そこには桜を見上げる青年がいた。
ワイシャツにジーンズというラフな格好に、寝ぐせだらけのボサボサの髪。
ジーンズのポケットに手を突っ込み、目を細めて桜を見る彼の横顔は、陶磁器のように白い肌で、春の日差しを受けて儚げだった。
「綺麗…」
そう呟いた言葉は再び吹いた風に消された。
届かない呟きだったはずなのに、青年と目が合った。
見つめ合い無言の時間。
どうしようかと思った時に沈黙を破ったのは彼だった。
「君は…?」
「え…?」
えっと…名前を聞かれてるのかな。
「あ、わ、私は今日入学してきた麻生瑞季と申します」
「そうか…」
そう言って何も無かったかのように歩き出した。
あれ、あの人は名乗らないつもり?
「あ、あの…!」
離れていく青年の背中に声をかけると、青年は足を止めて振り返った。
「僕は…二年の斉藤八雲だ」
眠そうな目をこすりながら、彼はそう名乗って再び歩き出し、そのまま大学内に入っていった。
「さいとう、やくも…」
桜の木の下に立って見上げていた横顔が、瑞季の目に鮮明に焼き付いて離れなかった。
「斉藤八雲…」
そっともう一度呟いた瞬間、再び強い風が吹き、桜の花びらをふわりと舞い上がらせた。
end