CP1

□断片
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 何故こうなったのか。ぼんやりした頭で足の間の遠野の頭頂部を眺めた。
 テーピングを直してやると頼みもしないのに押しかけてきた遠野を無碍にしなかったのが間違いだった。処置を終えた遠野は足を床に投げ出し、君島の座る1人掛けのソファにもたれかかった。そのまま持参した本を広げてすっかりくつろぐ体勢に入っている。 
「なんなんですか?」
「怪我人が安静にしてるか見張っといてやるぜ」
「気が休まりません」
「面白い本を貸してやるぜー!」
 そう言って脇に積んでいた中から差し出した一冊は処刑大全だった。遠野が以前から欲しいと口にしていて、先頃入手したらしい分厚いハードカバー。経典を鈍器のように扱っていたのは誰であったか。血の大全にしてやろうか。片手で持てないことはないが、下手に振り回すと手首を傷めてしまいそうな重量感だった。デュークのようなパワープレイヤーなら難なくこなすかもしれないが、漫画の真似事をして身体に影響がでるのも馬鹿らしい。しかし。
 読書に没頭する遠野の頭部を見つめる。ブックスタンドにはいいかもしれない。
「あれー?キミ様と遠野先輩!?」
 本を頭上にかざした時、丁度自分たちを呼ぶ声がした。顔を上げると白石と切原の2人連れだった。
「一緒に勉強ですか?」
「俺たちがハウリングしたときの技名考えてんだよ」
「なんですって?」
 耳を疑う発言に声を上げた。目を凝らすと遠野の手元のペーパーバックは詩集のようだった。
「アナタだけです。しませんよハウリング」
「へぇー!幸村部長が徳川さんとやってたやつですよね。前もって名前考えるとなるとなんか子供の名づけみたいっすね!」
「フッ」
 切原の無邪気な言動を遠野は鼻で笑った。しかし満更でもない様子が窺えた。君島は怖気を感じた。
「切原くんあんな、キミ様さっきから一切君のこと見とらんねん」
 君島の穏やかでない表情を察したらしい白石が切原の裾を引いた。できた中学生だ。種ヶ島が目をかけるだけのことはある。
「俺も誰かとハウリングできんのかなー?」
「できたら凄いなぁ。高めあえる相手と組めたらな」
 そんなやり取りをする中学生2人を見送ると、遠野が君島を見上げてニヤついた。
「何か?」
「高めあえる相手だってよ」
「……種ヶ島くんですか……?」
「へ?なんでだよ」
「え?い、いえ」
 訝しげな遠野の表情にひとまず胸を撫で下ろした。
「だからさぁ、また組んでやってもいいぜ」
「それはもう聞きました」
「聞いてどうよ?」
「言ったでしょ。答えは変わってませんよ」
「検討中?」
「永遠に」
「ふーん」
 遠野は君島の座るソファに頭をもたせ掛けた。君島は本をかざして足の間からの遠野の視線を隠した。
「一つ!滝のように〜……切断された断面から溢れ出す血!」
 本を持つ手の力を緩めた。
 気配を察知したらしい遠野はソファから飛び退いて跳ね起きた。
「ヒャーッヒャッヒャッヒャ!」
 ひとしきりけたたましく笑ってニヤニヤと君島を見つめた。
「好きだぜ。そういうとこ」
「わたしは」
「迷わなかったぜ」
 眉を寄せる君島に遠野は言った。
「なにがあっても、お前がいたからさぁ」
「愚かですね」
 冷めた口調にも遠野は表情を変えなかった。

2018/9/5

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