yumeSS

□エピローグ
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 もしかしたら来ないかもしれない。なんて思ってたけど、こっちへ歩いてくる仁王くんを見つけて、わたしは手を振った。
「なんじゃ?こんなとこに呼び出して」
 そう言って仁王くんは、夕焼けで赤く染まったテニスコートを見回した。
「来てくれたんだね、ありがとう」
 お辞儀をすると、仁王くんは肩をすくめた。
「また何か助けがいるんか?」
「違うよ。お礼がずっと言えてなかったから。わたしがここまでやってこれたの、仁王くんのお陰だから」
「大げさじゃのう」
「大げさじゃなくて!仁王くんがいなかったら、怪我が無くても、先輩と離れた時点で何の取り得もなくて、どうすればいいかわからなかったよ。自分にテニスができるなんて思わなかった」
 そう。私は一学年上の先輩にスタイルが似ているという理由でダブルスパートナーに指命された。言われるまま鍛錬を重ねていくうち、自分でも信じられない程の技術が身に付き、見た目まで先輩にそっくりまるで鏡合わせのように、息を合わせたプレイができるようになった。だけど先輩は並のテニスプレイヤーではなく、その動きをコピーすることに私の身体は悲鳴をあげだした。聞けば先輩は私の前にも自分の動きをコピーさせたパートナーを次々使い潰すような真似を繰り返していたという。それというのも先輩には双子の姉妹がいた。幼少期よりダブルスを組んでいたけれど、不幸な事故により二人の道は分かたれた。今でも先輩の姉妹は復帰できていない。だから先輩は足りない部品を補充するように、まだスタイルの固まっていなかった私に目を留めた。そう思っていた。
 わたしは先輩にはなれない、パートナーで居続けるのはお互いの為にならないと誰もが言った中で、仁王くんは違うことを言った。
「仁王くん言ってくれたよね。先輩がわたしに目を付けたのは、わたしに先輩の境地に辿り着けるポテンシャルがあるからじゃないか、て。あれで自信が持てたんだよ」
「ま、そんなこともあったのう」
 それがきっかけで自分のプレイスタイルと気持ちに向き合うことができた。わたしは先輩みたくなりたいと願う自分にしかなれないけど、先輩に引き上げてもらうのでなく自分の力で並び立てるようになりたいと。
 それから仁王くんにコピー能力を教えて欲しいと頼んだ。仁王くんは教えられることなんかない、相手をよく見るだけと言った。
「技術は盗むものぜよ」
 確かにそうかもしれない。与えられることに慣れすぎていたかもしれない。わたしは自分を恥じた。
 その後は色んな相手と戦った。2度と立ち上がれないんじゃないかと思うこともあった。
 強力なライバル達が味方になってダブルスを組んだときは骨が折れた。本当にじゃなくて。個性的なスキルの持ち主ばかりで、でも仁王くんの「イリュージョン」と先輩の「ミラーリング」が元になった、パートナーの姿ごと能力を身に写す「トレーシング」を駆使することでパートナーと一つになって戦うことができた。巨神兵とシンクロした。光に紛れて姿を眩ました。鼓動を止めて体力を温存した。その甲斐あってか、世界を相手にした大舞台でわたしは再び先輩と組むことが出来た。今度はマリオネットじゃない。パートナーとして、支えてくれてありがとうと言ってくれた先輩の言葉は、今でもまだ思い返しては胸が熱くなる。 
「ただのヒントやアドバイスじゃなくて、私の世界を広げるきっかけをくれたから、ありがとうって伝えたかったんだ」
「おまんが勝手に頑張ったんじゃき」
「勝手って」
 のらりくらりとした仁王くんに向かって一歩踏み出して、手を差し出した。不思議そうな顔をする仁王くん。
「言われた通り、見て盗んだよ」
 わたしの手を黙って見つめてた仁王くんだったが、やがて観念したように、手のひらを重ねた。
「ほら!」
 仁王くんの目の中で得意気に笑う仁王くんが映っていた。するとわたしの目の前の仁王くんも弾けるような笑顔を見せた。
「上手くなったでしょ?!」
「え?」目の前の仁王くんは突然別人の声と口調で喋り始めた。
「仁王くんそっくりに写せたでしょ?」
「それわたしの…」
「まだまだじゃのー!」
 わたしの声と口調で仁王くんは笑った。
「わたしそんなしゃべり方なの?変な感じ」
「似せるならちゃんとするぜよー!」
 そう言って仁王くんは姿を変えた。毎日見てる筈なのに普通相対することはない相手。わたしだ。
「どっちが本物か、みんなわかるかな!?」
「わたしでしょ?!」
 そう言って気づいた。今元に戻ったら、わたしが二人だ。
「まだ盗んだとは言えんのう」
 仁王くんの声でわたしの顔が不敵に微笑む。
「わぁすごい変な感じ」
「おまんが普段やってることぜよ」
 確かにそうだ。パートナーの声やしゃべり方まで真似る必要はないと思ってたけど、奇妙でどうにも落ち着かない。
「うーん、改善が必要かな」
 わたしの姿の仁王くんが肩を竦めて、テニスコートを示した。
「打ってくじゃろ?」
「うん!」
 わたしは仁王くんの姿のまま頷いた。それに気付いたのは、通りかかった友人達が唖然とした表情で立ち尽くして、さながら中身が入れ替わったようだと語ってからだった。実際入れ替わったのは外側だけど、実質一緒だと仁王くんに言われてそうだねと頷くのだった。

2018/10/11



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