影の輪郭
□01.帰還
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ゆらゆらと揺れる思考。
ふわふわと覚束無い足元。
何かを思い出しそうで、しかしすぐにそれは姿を消してしまう。
手を伸ばして届いているはずなのに、手に入れた感触がまるでない。
あの、温かいものは一体なんなのだろうか。
この身を優しく包み込んでくれて、そっと抱き寄せてくれるような幸福な光。
「あぁ、リュカ…私のかわいいリュカ…」
光は安らぎを纏いながら自分の名前を呼んでいる。
「(ここはどこだろう…?どうしてこの光はぼくの名前を呼んでいるんだろう…?)」
リュカはそっと辺りを見回した。
ぼんやりと白い霧が辺りを覆っているが、うっすらと何が見える。
鷹だろうか。赤地に金色の鳥の紋様が描かれた幕のようなものが見える。由緒あるものだということは、幼いリュカにもなんとなく察することはできた。
他に見えるのは、キレイに揃えられた本棚。美しく磨かれた食器たち。
そして、リュカを包み込んでいる優しい光が笑うように瞬くと、もう一つふわふわと光が近くに寄ってきた。
そちらに目をやると、その光は堂々と力強く瞬いていた。
そして、優しい光と会話するように数回浮いたり沈んだりを繰り返すと、リュカを覗き込むように更に近くで輝いた。
「リュカ……リュカ…」
この声は、聞き覚えがある。
誰よりも強く、誰よりも誇り高く、誰よりも勇敢な者の声。
リュカはいつもこの声と共に過ごしてきた。背中を見て生きてきた。
この声の主のようになりたいと、常に思いながら生活してきた。
力強い光の方に手を伸ばした時、ハッとリュカは目が覚めた。
「おはよう、リュカ。随分と良い夢を見ていたようだな」
「…お父さん!おはようございます…」
まだぼんやりとする頭だが、ベッドで眠る自分を優しげな瞳で見つめている人物はしっかりと判別できた。
そうだ、あの力強い光の声。あれはやはり父の声だった。
では、あの優しい光の声は…?
リュカは、自分が起きた事を確認すると立ち上がった父に待ったをかけるように声をかけた。
「お父さん、ぼく夢を見たんだ。きっと、ぼくが小さい頃の夢…」
「ほう。それはどうだった?」
「うん、とってもあったかくてとっても幸せだった。それでね、なんだかお城みたいなところにいたんだ。お父さんもいた!お父さんは不思議な光の玉でね、でも、あれは絶対にお父さんだったんだ。だって、とても強そうに光ってたんだ。それでね、もう一つ光の玉があって、それは、すごく優しかったんだ…」
リュカはここまで言って父の顔をこっそり見上げた。
何か手がかりになるものを父の表情から伺おうとした。
しかし父は、いつも通り厳しい顔つきで、だがリュカにしか見せない柔らかな笑みを浮べながら聞いているだけだった。
「お城か…」
「ねぇ、お父さん……お父さんって王様なの?」
リュカは、おずおずと自分の考えを確かめるように父に問いかけた。
「ん?わっはははは!まだ寝惚けているな。それ、甲板にでも行って陽の光を浴びて来なさい」
そう言って豪快に笑うと父はリュカの頭を撫でた。
そしてリュカは言われた通り、ベッドから降りるとターバンを巻いたりいつも持ち歩いている小さなカバンの中身を確認したりと、身支度を整えると部屋を出て甲板に向かって行った。不服そうな表情をしながら。
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