融解コネクト
□画面越しに滲む
1ページ/1ページ
「マネージャーさん。最後に一回だけ貸してもらっていいですか?」
「懲りないね。もう新しいのを買った方がいいんじゃないのかい」
収録が終わり束の間の休憩時間。マネージャーに明日の予定を聞いてから、思い出して口にした内容にボクがポケドルを始めた時から支えてくれているマネージャーがやれやれといった風に身振りをした
きっちりとスケジュールを管理して、休みも作ってくれて、仕事をプライベートの時間まで割り込まないように考えてくれたりとこの人がいなければここまでこれていないことが分かっているからこういう風に言われても言い返すことが出来ない
最近どこかでなくしてしまったライブキャスター
新しいものを買った方が早いと分かっていても、それ自体おいそれと借り換えれるくらい安いものではなく最新となればそれなりの値段がする
何よりも気に入っていたカラーがようやくあったんだ
今から探して同じものを手に入れられる確率は少ないわけで、あきらめきれずにずるずると今日まで来てしまったがさすがにこれ以上は仕事に差し支えが出る
「はい…っとちょっと待ってて」
手渡しで受け取る直前にかかってきた電話に出て話し始めてしまったマネージャー
遠くで聞こえる会話を流しつつ、次の収録の内容やセリフを確認するために台本を探す
「はぁ、ちょっと手違いがあったみたいで確認しに行ってくるよ。はい、これ」
「ありがとうございます。これで最後にしますから」
今度こそライブキャスターを受け取りマネージャーが控室から出ていくのを確認し自分の番号を押していく
祈るような気持ちでコール音を聞いていると何回か後に音が止んだ。それは誰かが電話に出たということだ
良かったと心からほっとして「もしもし」というと少しの間があいて
「あ、あの…もしかしてこのライブキャスターの持ち主の人ですか」
「はい!良かった…ずっと捜してたんです」
澄んだ透明な声だった。決して大きな声ではないのに水みたいにすっと入ってくる不思議な声。長くこの世界にいる中で初めてこんな声を聴いたかもしれない
女の子のようにも感じられて、女の人にも感じられたのは落ち着いていて丁寧な受け答えだったからだろう
顔がわからないままの会話なのに画面に映らないその人に興味を持った。ありきたりな言葉なのにその人が「頑張ってください」と言えば優しさと温かさを伴ってじわりと滲んだ
何度も言われた言葉なのに、名前だって呼ばれたことがあるのに
魔法みたいに穏やかな気持ちになれて、もっと声を聴きたい、なんて思う自分に内心驚きつつ知ることができた名前を呟く
「ナマエさん…っ」
言い終えてはっとしたように周りを見回す。聞かれていなかったことに安堵した
きっとマネージャーに聞かれていたら誰?くらいには聞いてくるだろう。偶然できた細い糸が切れないでほしいと思いながらいつの間にか唇がゆるんでいた