short story

□その距離を飛び越えて(シトロン)
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「げほっ、こほ…」

ぼふんと言う音はもはや日常茶飯事で、音を聞きつけてタオルを持って走ってくるエレザードの姿もまた、見慣れた日常の光景の一つ。

「ありがとう」とため息交じりに告げれば無理しないでと労りの鳴き声と共にタオルごしに伝わってきた。

研究に失敗はつきもの。なのに最近は特に調子が悪いのか失敗三昧だ。窓から差し込んでくる光りに目を細めれば眩しさに、ふわり脳裏に浮かんでくるのは晴れやかな青空の下で盛大に行われたパレード。
その主役はこのカロス地方の危機を救い、チャンピオンにまで上り詰めた男の子だ。

自分とそんなに年は違わない(身長は高い)が、少し前にジム戦をしたばかりなのにその成長は目覚ましいものだ。

「はぁ…」

それがふがいない自分に向けられるものなのか。研究の失敗で溜まった疲れによるものなのか。呑みこまずに吐き出せば少し心が軽くなる。

人々を幸せにする発明がしたい。そんなものが作れるようになれれば、それが出来る発明家になりたいと思うものの…。
ちらりと後ろを向けば爆発によって焦げて砕けたロボット。…まだまだ道のりは遠そうだ。

「…さて」

しゃがみ込んでいた腰を上げる。片づけてまた一から作り直そうとした矢先、部屋に鳴り響いた電子音によって遮られた。
モニターに映し出されたのは妹のユリーカ。その表情はいつになくワクワクとして快活そうに笑った。

「チャレンジャーがもうすぐ着くよ!でねでね、すっごく面白い人なの」

興奮して捲し立てるような早口でぶんぶんと振り回される細い腕、普段から元気で明るいが今は一段と…と言う言葉がぴったりだ。

「分かったよ。連絡ありがとうユリーカ」

モニターを切ってエレベーターに乗る。最上階に着くまでつい考えてしまった。どんな人なのだろうと。
面白い?とはバトルの仕方が、はたまた人柄が、どちらにせよ失敗の繰り返しで参ってしまっていた気持ちを切り替えるにはすごくいいタイミングだった。

ぽーんと音が鳴り扉が開く。すぐ目の前に広がるバトルフィールドには誰もいない。まだ着いていないようだ。

「到着ロト〜!」

機械のような、明るい声を発したものに目が釘付けになる。
図鑑のようなシルエットを持つそれはふわふわと自在に身体を浮かせ移動しつつフラッシュをたいた。

「っ、ロトム!」

その後を追って駆け込んできた女の子。よほど急いでいたのかうっすらと額に汗がにじんでいる。
肩口で切り揃えられた黒髪が揺れ、ズボンからすらりと伸びる足。そして空の澄んだ青を思わせる瞳が僕と合うと細い眉が下がった。

「すみません。ロトム、勝手に写真を撮っちゃだめだよ」

「ロトム?」

もう一度赤いフォルムを持つロトムと呼ばれたものを見る。頭の部分にある突起、二本の腕、ちょこんとついた小さな足。
自由に言葉を操りポケモンの情報を読み上げている姿。さながら意思を持って動く図鑑だ。

細い腕を伸ばしてロトムを捕まえて、それからこちらに向けられた青の瞳がほころんだ。

「こんにちはシトロンさん。今日はあなたにお礼が言いたくて来たんです」

「…え」

身に覚えがない。会ったことも、何かしらの形で関わってことも、接点を見つけようと記憶の糸をたぐり寄せてみても何一つとして浮かんでこない。
目の前にいる彼女の口ぶりからしてわざわざお礼を言うためにここに訪れたというのに…それほどまでの何かがあったはずなのにだ。
そう思えば申し訳なさと悲しさで一杯になった。

「すみません。その、どこかでお会いしましたか。僕、思い出せなくて…」

知ったかぶりが出来ないのは自分がよく分かっている。でも本人を目の前にしてどれほど残酷な事を言っているかは自覚していた。
ああ、なんてことを言ってしまったんだろう。

でも…

「はい、実はわたしもあなたと会うのは初対面です。混乱させてしまいましたね」と予想の斜め上を行く返事に「へ…」と間抜けな声をこぼす。

「あなたがこのロトム図鑑の開発者だと聞いてどうしても会いたかったんです」

まるで太陽みたいな笑顔をして捕まえたロトムのおでこ辺りをつんっと指でつついた。
そんな行為に「なにするロト!」と言い返しながらも表情は笑顔だ。これくらいはただのじゃれ合いでお互い本当に相手が許せない境界線を知っているようで、そんな無邪気ともいえる触れ合いが出来てしまうほど心の距離が近いのだと思えた。
いいコンビだな。と傍目から見ただけでも分かる。

「勝手な事なんですがロトム図鑑が生まれて、わたしのアローラでの旅をずっと支えてくれました。
この子がいなければきっと旅がこんな素敵なものにならなかったはずですから、だから言わせてください。
ありがとうございます。ロトム図鑑の開発に携わってくれて、この子を産みだしてくれて」

「そんな…」

可憐な青の瞳がやわらかく、しかし嬉しいと言う彼女の心境を映し出して、燦々と輝く陽光が差すような美しい笑顔を作り出していた。
かけられた、確かに胸に響いた言葉がじんじんと熱を帯びて体を熱くしていく。

そして奥底から湧き上がった安堵に溜息を零した。良かった、自分がしてきたことがこんなにも遠くの地方の誰かを笑顔にできていたことになぜだか涙腺がゆるみそうになり、目頭を指で揉む。

「…ありがとうございます」

遠くからはるばる訪れてくれた。誰かを笑顔にすることが出来ていた。拙く、まだ失敗ばかりだとしても自分が携わったものが幸せを運んでいた。ぐるぐると巡る様々な思いを込めて、そう返していた。

「はい…こちらこそ。それに―――」

一変、すっと空気が引き締まる。

彼女の手にはモンスターボールが握られて、ポンッと高く投げられた。中から美しい声と共に現れたポケモンは見たことがない。
アローラ地方のポケモンだろうか。

「あなたがジムリーダーだと聞いて今日戦える日をずっと楽しみにしてたんです」

ピリッと肌を刺す感覚は目の前の自分と同じくらいの少女が発している。そんな空気を纏うことが出来る事実に驚きつつも、自然と口角が上がっていく。
むくむくと高揚が胸を一杯にし、これから始まるバトルが嬉しくて少し急いでボールを投げてしまった。

「バトルの前に一つだけ、あなたの名前を教えてください」

「勿論。わたしはナマエ、アローラ地方でチャンピオンをしています」

やはり彼女の持つ空気はその立場から来たものだと理解して、けれどそうだとしても引く理由なんてない。自分の精一杯で答えたい。
ジムリーダーとして、あなたの幸せの一添えになれた自分として。

「ナマエさん最高のバトルにしましょう!」

「はいっ」

バトル開始の合図と共にお互いの一手を刻む声がフィールドに高らかに鳴り響いた。





※ゲーム「サン&ムーン」のナリヤ・オーキドとの会話から出来上がった想像の出会いです。




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