short story
□闇の中の救世主(ミクリ)
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眩いばかりのスポットライトに、会場を揺らさんとする大歓声。いつもは緊張しながらもワクワクと待つこの時間が決して嫌ではなかった。
でも、今のわたしはただただこの場から逃げ出したいという思いで一杯だった。
「えね」
「ごめんねエネコロロ。大丈夫だよ」
すくりとしゃがんでそのふわりとした首元に抱き着いた。縋るようにしたこの行為。大丈夫と口にするもののちっとも大丈夫にはなれなくて押しつぶそうとしてくる不安に侵食されてしまいそう。
ポケモンコンテストライブ。このホウエンで広く行われているそれは、ポケモンと共にステージに立ち演技を披露するものだ。
ポケモンの魅力を最大源に引き出すトレーナーとの息の合った演技がとても素敵なのだがやろうと思っても誰でもできる訳ではない。
それこそ本当の意味で観客を魅了するステージを作れるのはほんの一握りの人達だけ。
コンテストマスターであるミクリさんやコンテストアイドルのルチアさん。最近実力をメキメキ上げてきているハルカさん。
有名な三人にはいつだって惜しみないスポットライトが当たっているがまだまだ駆け出しのわたしなんて足元にも及ばない。
色違いのエネコロロと言う点では注目されているのかもしれないがそれは一時だ。真に魅力を引き出せるようになって、色違いという要素抜きで皆にエネコロロの魅力を知って欲しい。それがわたしの目標だった。
「でも、こんなのって意地悪だよね」
「ねぇ?」
呟きはとても小さかったはず、しかし腕の中にいるこの子には聞こえていたようで心配そうに瞳を潤ませて、慰めるようにざらりとした下で頬を舐められればいよいよ塞き止めていた不安が溢れそうになってしまう。
ポケモンコンテストライブを多くの人に広めるために開かれる特別なライブ。出場者はもちろんコンテストを見たことがある人、知っている人ならば一度は聞いたことがある人たちばかりだ。
勿論、わたし自身もとても楽しみにその日を待っていた。…観客側として。
ミクリさん、ルチアさん、ハルカさん、カズラさんの四人で行われることになっており、それぞれ得意とするランクがあるのだがその垣根を飛び越えて、ただ純粋にステージを楽しんでもらおうと特別なルールの下行われる今日。舞台裏ではトラブルが発生していたのだ。
体調を悪くしてしまったカズラさんの代役に急遽わたしが声を掛けられてしまったのが一時間前。
ライブハウスに向かう途中、親しくさせてもらっていたオーナーさんから電話がかかってくる。
『カズラくんの代わりは君しかいないんだ』
『君ならきっと立派にやってくれると信じている』
並べられる言葉が逃げ道を塞いでいく。最後には苦し紛れに頷いてしまった。
「はは…」
ああ、情けない。やれるはずもないのにどうして頷いてしまったのだろう。
いくらでも理由などあったはずだ。まだまだ実力が足りない。あの人達と並び立つなんでおこがましい。
けれど、電話越しに必死さが滲む声が聞こえて、このライブを成功させたいという思いが切実に伝わってきて、どうしても跳ね返すことが出来なくなってしまった。
でも…やっぱり自分には過ぎた舞台なんだ。
どうしたらわたしなんかが代わりを務められると信じているのだろう。未熟な演技から抜け出せない現状があの場にいる人たちに悪影響にしかならないとしか思えなくて、あの舞台にお呼びではないんだ。
まだあそこでこの子を輝かせてあげられない。純粋に、ステージを楽しめない。
「ナマエさん。あと十分で開演です」
「…はいっ」
いけない。もうそんなに時間がたってしまったのか。余裕を持ってきていたはずなのに舞台袖から見る観客席を随分長い間見てしまっていたらしい。
きっと舞台裏には自分以外の三人がもうすでに待機しているのだろう。最後だなんて失礼ではないか、と思いはすれど膨らみすぎて張り裂けてしまいそうな緊張の前ではどこかぼんやりとしたものに変わる。
足に鉛でもつけているみたいに重い。
ずるずるとおぼつかない足取りで、歩みを進めれば
「ナマエちゃん」
清冽な湧水のような澄んだ声がかけられた。
「ミクリ…さん」
どうして、と口にしかけた言葉を飲み込んだ。この道は関係者なら誰もが通る通路だ。きっと同じタイミングで、同じ場所に行こうとしていただけだと導き出す。
「緊張しているのかな、顔が強張っているよ」
「はい…とても」
すぐにでも、この役割を投げてしまいたい。でもこの人にそんなことを絶対言ってはいけない。
「楽しめばいいんだよ。ポケモンと一緒にね」
「でも…」
なんて情けないんだろう。こんなにも言葉を貰っているのに何一つ返せていない。
きっと他の人だったら胸を張って受け答えが出来るだろうに、だって彼からの言葉なのだから。
俯いてしまい、これでは自信がありませんと体で表現しているようなものだ。こんなのエネコロロにも失礼なのに。
「ナマエちゃん」
「っ…」
もう一度名前を呼ばれたとき、温かな温もりに包まれていた。横目に白い腕が見えて、頭に置かれた手がぽんぽんとあやすように撫でる。
「大丈夫、君は一人じゃない。私も、他の出場者も、そして君が一番信頼するエネコロロもついてる」
告げられた言葉が優しく溶けていった。
静かな誰も通らないその空間。触れ合う熱と囁くような声だけが頭上から降ってくる。
ミクリさんがなにかを言うたびに確かにわたしは暗い中から連れ出される感覚がした。
「ナマエちゃんは私の中で最高のパフォーマーだよ。だから自信を持って」
嬉しくて、くすぐったくて、最後には安堵がやってくる。なぜだか先ほどまでついて離れなかった不安が軽くなって、ワクワクといつも感じている気持ちが少しずつ芽を出し始めていることに気が付いた。
「ありがとうございます」と唇に言葉を乗せるのは容易かった。だからもう一度思いを込めてすらりと紡ぐことが叶った言葉を
「ありがとうございます。見ててくださいね」ということが出来た。
ミクリさんと共にステージに向かう。そこにいる人たちはこれから始まる一時に楽しみで仕方がないというように皆、笑顔を浮かべていて、その隣にはパートナーがいて、こちらまで溢れてくるステージの光りの中につられる様に足を踏み出した。