short story

□ただひとつだけでいい(シトロン)
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「はい、お疲れ様です」

約束に遅れてしまったのに彼女はやわらかな声をかけてきた。その理由を口に出さずともすべてを理解して受け入れてしまっている所を見ると自分よりも大人だな…と思ってしまう。

ここがボクのジムがあるミアレタワーで、ジムリーダーだから。
揃いすぎた要素があるからこそこんなにも落ち着いた風に待っていてくれたのだろうか。

もしこの場所でなかったとしても変わらずに微笑んでくれただろうか。

…そんなことを思って、考えるのをやめた。

ボクが思っている以上に彼女が強い心と同じくらいの寛大で優しいことを行動で示されてしまえば今更それを問うなんて真似は出来そうにない。

初めはただのトレーナーとしてボクの前に一人の挑戦者として迎え、いつの間にかカロスの危機に立ち向かい見事救って見せた。
チャンピオンにもなって彼女の栄光を称賛するために開かれたパレードには彼女に関わりがある人、親しい人、新たなチャンピオンの誕生を喜ぶ人、様々な人たちが集まり盛大に執り行われた。
彼女は多くの人に慕われていた。そのくらい短い時間しか接していない自分にも分かる。

同い年なのにどうしてこんなにも違うのだろう。

「強いトレーナーさんから学べばいいんですよね」なんて軽々しく言えそうにない。

それはまるで自分で自分をあなたより弱いと言いふらしているような気さえし始めていた。

そして何よりもどうして彼女はボクを選んでくれたのか。強い人も優秀な人も彼女にならいくらでもいただろう。…一番近い存在を上げるとするならお隣に住んでいるというカルムさん。

彼も同じくこのジムに挑戦して勝利してみせた。ポケモンバトルではまだ彼女の方が優勢だが口調も身なりもしっかりしていて…なにより強さを追い求める強い光を宿した瞳に見据えられた時、心の中で一歩後ろに後ずさり、気迫負けしてしまったことは鮮明に覚えている。

「ふふ…」

「へっ!…あのナマエさん?」

隣でこぼされた笑い声で沈んでいた思考がクリアになる。

「ごめんなさい。シトロンくんが百面相してたから」

「してましたか?」

「バッチリ」と帰って来た返答に顔が熱くなる。

「でもそうやって悩んでいる所を見るのは実は好きなんです。
だってそうやって悩んで出来た発明がこのミアレの人達やポケモンを笑顔にしてくれるから。残念ながらわたしには発明の才能はないから、そうやって自分の思いを形に出来るのは羨ましいな」

そう言い切ってしまう姿を見れば尚更思わずにはいられない。きっと彼女はこんな性格をもっているから多くの人に好かれるのだと。
ただポケモンバトルが強いだけでカロスを救いチャンピオンになれたわけじゃない。

強さを鼻にかけず、人のいい部分を素直に口にして認め合っている。
認め合った人たちはきっと彼女が困っていたら手を差し伸べるだろう。

でも何か一つでもいいから彼女以上のものを得られないかな…と。

そうすればもっと隣に居るのにふさわしい自分になれるような気がする。

そんな風に思いつつ。

一歩だけ後ろに下がり歩けば彼女よりも小さな身長も同じくらいになるのではないかと今日もまた近づくための方法を探している。



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