short story
□星空に手を伸ばして(トウヤ)
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「何してるの、トウヤくん?」
部屋に入るや否やカーテンを閉め始める姿をドアの近くで見ているわたし
「こっち来て」
「え…わっ」
とたとたと歩いてきたトウヤくんに腕を摑まれる。同時にぱちんと部屋の電気すら消されてしまうのだからわたしは驚きの声をあげてしまった
部屋に差し込む光がない空間は薄暗くて、ようやく目が慣れ、ぼんやりとテーブルや部屋に置かれた家具が見えてきた頃、ぽすんと引かれる腕をそのままに座ったのは柔らかなシーツの上。つまりベットだ
「ゴチルゼル、よろしく」
ぽんっと投げられたボールから出てきたのはトウヤくんの手持ちであるゴチルゼル。優雅に一礼してその瞳が青く輝いた。瞬間、天井いっぱいに生まれた星空に目を奪われていた
「わぁ…」
吸い込まれてしまいそうな深い黒が広がっている。その中で輝く星々の近さに思わず手が届きそうだと思いそっと伸ばしてしまう
でも、いくら映し出されたといっても天井まで伸びないわたしの手は何も掴めない。綺麗なものほど、神秘的なものほど、触れることはできず、躊躇われ
結局は遠くで眺めているだけで十分だと思ってしまう
「気に入った?」
隣に座るトウヤくん、はっきりとその表情が見えないけど声の柔らかさから笑っているのかな…と想像してしまう
「あの、これって」
「うん、今日見れなかった流れ星の代わり…には程遠いけどね」
前に図鑑で見たことがあった。ゴチルゼルはわたし達では見ることが難しい宇宙の景色を映し出すことができるのだと
ここが部屋だということを忘れてしまいそうなほど素敵だった
流れ星に興味があったのは雑誌で目にしたホウエン地方の特集ページがきっかけでトクサネシティの流星群の写真。生で見られたらどんなに綺麗なんだろうとうっとりしてしまった
それからテレビで流れ星がみられるというニュースを見てトウヤくんと一緒に見たくて誘ったものの当日はあいにくの曇りで、夜空には分厚い雲がかかっていた
「ありがとう。すごく素敵」
「うん。じゃあ、ご褒美欲しいな」
「へ…」
未だにつながれているほうの手をそっと持ち上げられる。ゆっくりな動作に目で追えば、指先にちゅっとキスされた
「っ…」
くすぐったさと熱くなる頬、慌てて手を引こうとしてもするりと絡められた手は解くことが許されないほど力がこもっていた
「ね、いいでしょ」
近かった。繋がれた手が熱くて緊張で汗っぽい
薄暗いのにその綺麗な瞳には空にはない星のようなきらめきが映し出されていた
空いていた手を頬に添えられれば火照った肌にひんやりと気持ちがよくて、同時に逃げ道は完全に失われてしまった
ふいにさっきまでいたトウヤくんのゴチルゼルを目だけで探してみても見当たらない。そのボディの色はこの暗闇に紛れてしまいそうだけど物音一つしないで、気配さえ感じないのだからいつの間にかボールに戻ってしまったらしい
「ご褒美、って…」
声が震えてしまった。わたしはその言葉を紡ぐのが精一杯でこんなにも近い距離に恥ずかしさが限界を迎えてしまいそれに伴って声がかすれてしまう
「じゃあ…」
さらりと横髪を遊ぶようにすいて薄い唇が動き出す
「ナマエからキスして」
無理だと口をついて出そうになった言葉はぎゅっと握られたての強さに飲み込まれた
いつもは優しく微笑む唇がニヤリと意地悪そうに緩む。まるでしないとずっとこのままだけど、と無言の圧力をかけられているようだった
コチコチと何度時計の針が動いたか分からなくなりそうになった頃
「…目を閉じてて」
ふり絞った勇気を唇に乗せる。一瞬だけ、すぐ終わる。そう自分に言い聞かせトウヤくんの唇に自分の唇を重ねた
あんなに一杯一杯だったのに触れた唇はひんやりしていた
そんな風に考えてしまった自分に羞恥心がこみ上げてくる
「じゃあ、今度は僕からのご褒美」
「ん…っ」
素早く重ねられたキスに混乱していた思考が反応できるはずもなく、雨のように与えられるキスにただただ必死で耐えることしかできなかった
ようやく唇が離れるころには酸欠の一歩手前までわたしはなっていてふらつく体をトウヤくんに寄りかからせてやっと保っていられるほど
そんなわたしに追い打ちをかけるように囁かれたのは
「外でだったらこんなことできないからね」
余裕がある声音と笑みを向けられればあまりにも簡単にはじき出された結論。もう絶対に部屋で二人きりにはならないというものだった