short story
□優しい、優しい…(トウヤ)
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※旅を終えたトウヤと、まだ旅に出ることが出来ない少女
年の差というのはどうしてこんなにも理不尽なのだろう。わたしが住むカノコタウンでできた幼馴染の男の子。
わたしより二つ年上で、大人っぽくて知らないことをたくさん知っていてポケモンをもらって旅に出ることを楽しみにしていた。
わたしにとってトウヤくんは初恋で、大好きで、想いを伝えられない、そんな人。
「Nを探しに行こうと思う」
雪がやわらかく降るそんな日、旅を終えて帰ってきてまだ数日しかたっていなかった。
突然、わたしの家に来て「話を聞いてほしい」と言われた。
驚いたのはいつもお気に入りだと言ってかぶっている帽子にうっすらと雪が積もっていて中に招き入れようとして触った手がひやりとびっくりしてしまうほど冷たかった。
二階にあるわたしの部屋に案内して、一階に降りて二人分の紅茶をいれて部屋に戻った。
トウヤくんはベットのふちに腰掛けていてそこはいつも彼の定位置だった。
わたしはその隣に座って
「はい、飲んで」
話を聞くよりも体の冷たさが心配で手にカップを持たせると
「あったかいね」
赤くなった指先を温めるようにきゅっとカップをもって「ありがとう」と言ったけどその表情は硬い。ずっと悩んでいたのだろうか。
こんなに冷たくなるまで、一人で、ずっと…そう思うと、すごく悲しくなってきた。温かいカップを持っているのに心だけさっき触れてしまった手の冷たさが溶けないで残っているようだ。
話を聞いてほしい。その言葉の通りおもむろに口が開かれて、ぽつぽつと話始めた中に出てきたNさん。
ずっとこの町にいたわたしはその人のことを詳しくは知らない。でもライブキャスターでの会話の中でNさんが出てくることがあったから名前だけは知っていた。
名前しか知らなかった存在が紡がれる言葉によって形を作っていく。
ポケモンの声が聞こえる、会話ができて今回起こったプラズマ団の事件に深く関わっていて戦いの後、一人で旅立ってしまった。
断片的な内容を理解した。した、けど…。
「…どう思うナマエ」
その悩みの回答をできればわたしに委ねてほしくはなかった。だってNさんはもうこの地方にいるか分からないんでしょ。もしかしたらこの地方ではない別の地方に行ったのかも知れないんでしょ。
つまり、それは…。
「また、離れ離れに…なるって、こと」
口をついて出た言葉にはっとした。でも言ってしまったことを無かったことにはできなくて、ましてや、わたしには時間を戻すこともできない。
「そう、だね」
馬鹿だ、本当に最低だわたしは…きっとNさんのことでトウヤくんはいっぱいいっぱいで、こんなに苦しそうになるまで考えて話してくれて、それは少しは信頼してくれているからではないかと、勝手に解釈してしまうずるいわたし。
心を埋め尽くす本音は湧き水のようにこんこんと湧いてくる。
行ってほしくない、傍にいてほしい。
彼女でもないのに、ただの幼馴染なのに、きっとわたしは彼を止めることが出来ない。だってあなたのことが好きだから。
好きな人がしようとしていることをどんな理由をつけて止めることが出来るのだろうか。
だから…。
「…行ってらっしゃい。わたしはこの町で待ってる。トウヤくんがNさんを見つけてこのイッシュに帰って来たら一番にお帰りなさいって言わせて、くれる?
あなたはそれを…許してくれますか?」
わたしに相談してくれただけで。ただ、それだけでいい…。
何も言われないままいなくなられてしまったら
どんなに悲しくて、寂しくて、胸が張り裂けるような痛みにさいなまれただろう。だから悩んで苦しんでいるトウヤくん背中を押してあげるんだ。
ちゃんとその旅立ちを見送ろう。
「約束する」
隣に座っていたトウヤくんの肩が触れてしまうほど距離が詰められていた。伸ばされた手がわたしを引き寄せて、抱きしめられて、唇に触れた熱に戸惑った。
「イッシュに帰って来たら一番にナマエに会いに行くって。だから…待ってて」
安心させるようなじわりと唇から伝わる想い。
「…っ」
また、優しくキスをされた。
言葉にはされなかったけどきっとこれは約束だった。温かくて、優しい二人だけの小さな秘密の約束。不安を抱えて旅立とうとしているあなたに。
優しい、優しい…言葉を。