short story

□冷たくて熱い(マーレイン)
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その人と交わした言葉は少なくて、一度だけしたポケモンバトル。本当に短くて細い接点しかなかったわたしとあなた。でも、たった一度の出会いはずっと鮮明に残っている


それは、ただわたしが忘れたくなかったからだ





「やぁ、こんにちは」


金平糖のようなふわりとした髪に眼鏡の奥にある瞳は緩やかに細くなる。いつもこの人が作る笑みの形だ


仕草から言葉遣いまでトゲなんてものはなく、丸くて穏やかで優しい人。チャンピオンの間まで来るトレーナーは少なからず疲労の色があるのだがマーレインさんはあまりにもいつも通りだった

いつも、なんてわたしは知らないけれど、出会った回数なんて片手で足りてしまうけれどそれ以上を考えるのにも想像するのにも関わりが少なかった


「お久しぶりです。マーレインさん」

「はい、ポケモンリーグ良いですね!

アローラの凄さを世界に知らせる場所ですよ。そしてそんな場所の頂点に立つ君はもっと凄い」


それ以上の言葉はいらなかった。お互いボールを手に取ってフィールドに最愛のポケモンを送りだす。至極当たり前のことで、決められたことだ




「やっぱりナマエさんのメタグロスは強いですね」

バトルが終わってポケモンを戻す。溢された言葉を拾い上げたわたしの耳

「ありがとうございます」


勿論自分のポケモンを褒められるのはトレーナー冥利に尽きる


「でも、マーレインさんのメタグロスもとても強いですよ」




このふんわりとした人が硬くて冷たい鋼タイプを出してきたとき驚きもしたが、不思議と納得してしまった。ホクラニ岳の澄んだ空気と冷たい風、そんな場所で鋼タイプを使うマーレインさん。その組み合わせは何の違和感も感じなかった



「リリィタウンでのお祭りで見たナマエさんのポケモンの中にメタグロスがいるのを見つけて嬉しくもあり驚いてしまいました」

「どうしてですか?」

「鋼タイプの外見はこう、ごつごつしている子達が多いですから。可愛いポケモンが好きな女の子が手持ちに加えているのを見たことがあまりなかったものですから」

「ふふ、わたしは変わり者だってことですね」

「い、いえ、そんなことは」


おかしな人。わたしよりもずっと大人なのにこんなに慌てている光景が面白くて、心の中がじわりじわりと温もりを持っていく



「だって、メタグロスがすごく可愛いから」

「可愛い…ですか」

「はい、撫でてあげるときゅっと目を閉じて気持ちよさそうにするんです。止めちゃうとしょんぼりするんですよ

体も表情もわたしよりずっと強くて勇敢に見えるのになんだかその瞬間だけ子供みたいで…」



今のマーレインさんみたいですね。と言いかけてすべてを飲み込んだ



わたしがそんな悪戯っぽいことを紡げるほど心の距離は近くない。楽しい会話に忘れかけていた事実


気が付いてしまえば温もっていた温度が急速に冷めていく

心も…体も…



ああ、そうだ。ここは雪山の頂上なのだ。寒さとは無縁のアローラ地方で唯一雪を降らせる場所なのだ


寒くて、寂しくて、孤独しかなくて。まるであなたが寒いこの場所で春のような微笑みを浮かべるからその事を忘れていた



あなたがここを去れば再び冬がやってくる



「そうですね…確かに可愛らしいですね」とはにかんだ。

こうやってあなたが同じことを思ってくれたと知ることが出来ただけで心にだけは春がやってくる。この思い出があればもう少しだけこの場所の寒さに耐えられる、そんな気がした



「いいバトルでした。楽しかったです」

伸ばされた手に重ねれば、寒さに染まっていない温かさだった。小さなわたしの手なんかすっぽり収まってしまう。それがわたし達の間にある明確な差だ


「わたしも…すごく、すごく楽しかったです

…忘れません」



手のひらが離れて、指が離れて、完全に重なりが無くなる間際


「…やっぱり」

指先に戻ってくる熱は再び手を取られたんだと理解はするが、どうしてそうなったのか分からない

困惑気味に見つめれば、そこには今まで見たことがない表情があった。浮かぶ微笑みに乗せられたどこか不安そうな色と、熱

握手というには強い力で握られて離れない手。一方的に向けられ、与えられるが不快感はなかった



「何故でしょう。君の姿が何度も浮かぶんです。笑顔と共に甘くて苦しい何かが胸の中に居座って消えてくれないんです

ホクラニ岳で会ってバトルをして、話をして、お祭りで成長したナマエさんと再び会って」


数少ない、過去の思い出をなぞりながら慈しむような優しく淡い声で


「…でも、今日君に…ナマエさんに会ってようやく分かりました」


唇が形作った二文字に心臓が止まってしまいそう。もう寒くない…なんて温かくて熱いんだろう

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