short story

□太陽と月だから(ヨウ・リーリエ)
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「ナマエさんには絶対こっちが似合うと思います」

「いや、ナマエ前にこういうのが着てみたいって言ってたよね」



それぞれの手に服がかかったハンガーを持ち、問いかける。それをナマエは少し困ったように笑みを浮かべて口を開いた


「わたしはあんまりお洒落とかに興味がないから…えっとそういうのはリーリエにこそ似合うんじゃないかな」

「なら、尚更これをきっかけに着てみるべきです。私が似合うと保証します」

「そうだよ。何なら帽子とか靴とか、他のものも選んであげる」




さぁ、とぐいぐい来る二人に押され「…じゃあ」と二枚の服を持って試着室にいくナマエを見送ってその姿がカーテンの向こうに消えた途端、穏やかな眼差しがガラリと変化した


「はぁ、せっかくナマエさんと2人きりでのお買い物だったんですよ」


口調は丁寧だがチクリと刺すような声音だ


「ごめんね。でも、人が増えたほうがもっと楽しいってナマエも言ってるし、もちろん僕も二人より三人の方が楽しいし」



ピリピリ、パチパチ。二人の間にある空気が周りにも伝わり自然と近くにいた客が距離を取り始める

表情こそ笑っているがその瞳にはお互いに気に食わないという心の本音が隠しきれていなかった


想うナマエに向ける気持ちをヨウもリーリエも口にしたことはない。だが、相手が同じであるからこそ気づくのに時間はかからなかった



「絶対ナマエにはあの色が似合うと思うな」


濃い黒目を思い出してさらりと揺れる同じくらい深い色の黒髪があるからこそ空色のワンピースを手に取った

ナマエはヨウにとってかがやいているための源のようなものだ。アローラでのはじめてのチャンピオンという余りにも重い立場になった自分に、常に強い光を浴びている自分にひと時の安らぎをくれる木陰のような存在だ

期待や羨望、過剰なまでの好意の類は常にチャンピオンであるが故に付いて回った



街を歩けば顔見知りの人が親し気に話しかけてくる。頑張れ、立派だねと決して不快にはならないはずの言葉なのにどれを聞くたびにどっと疲れてしまう


立場上、他のトレーナーのお手本にならなくては、なんて意識してしまえばそう動かざる得なくなり、そうやって演じてしまう


家の外の世界はあまりにも窮屈で狭いものとなっていくのに時間はかからなかった




そんな時、リーグからの帰り道草むらでポケモンをゲットしているナマエと会った。ロコンが入ったボールを両手で包み込んで宝物を見るように、どこかに置いてきてしまった満面の笑みがそこにあった

その日からだった。ナマエは僕が道端に置いてきてしまったものを一つ一つ拾い集めて分けてくれた

それは前と変わらず接してくれる態度だったり、煩うものがなかった頃のポケモンバトルの楽しさだったり、疲れかけていた人との関わりの大切さだったり


遮ることのできなかった光りをそっと和らげてくれた



「ヨウくんはそのままで十分素敵だよ。あなたはあなたのままでいいの」


そのままでなんていつの自分のことか思い出せないけれどその言葉はいつも気を張っていた糸をぷつんと切ってくれた


背伸びばかりしていた行動も言葉もいつもぐるぐると考えてしか動けなくなっていたのにナマエ の前だけでは素直に気持ちを言葉に出来た

君だけは決して特別を求めなくてただ普通である僕を大切にしてくれた


ナマエがいなければ僕は太陽のように皆を照らすことをやめていたかもしれない









「いえ、ナマエさんにはああいった薄紫色もとてもよく似合うと思います」


その姿を想像してリーリエはうっとりした。そして隣に並ぶヨウをちらりと見てはぁっと本当に小さく嘆息した

誰が見てもヨウとナマエはお似合いに見える。明るくて大人びて見えるヨウと優しくて、でも凛とした一面も持つナマエ



自分にはない何もかもを持っていて、それがどうしようもなく悔しかった。努力をしなかった自分が木間となっては腹立たしくて仕方ない

そうする機会はたくさんあった。ナマエがまだ何も知らない、自分と同じスタートラインに並んでいた時、赤の他人である自分がコスモッグを助けてほしいと頼めば嫌な顔一つしないで、腕が突かれて傷だらけになっても腕の中の小さな存在を守り抜いてくれたこと



アシマリに選ばれて、心を通わせてどんどんアローラ地方を旅した中でリーリエは助けられ、救われた

ヨウやハウもいた中でナマエに親近感を抱いたのは彼女が自分と同じように外部から来たものだったからだ

エーテル財団から逃げて、運よくククイ博士に助けられてしばらく、カントー地方から引っ越してきたナマエと出会って自分は少しだけ変われたのだ

自分よりも小さな彼女が細い腕を伸ばして守ってくれた時、臆することなくポケモンバトルをする勇敢な姿、ウルトラホールまでついてきてくれた

自分が迷いながらも進めたのは先が見えない夜道を照らす光りがあったからだ



いくら周りからこまったことがあったらちからになる。応援しているよと温かな言葉を貰っても、いざ頼るとなるとそういった行動はあまりにも大きすぎる勇気が必要で、できそうになかった




でもナマエはその勇気が必要になるとき必ず現れるのだ。勇気という輝きを得る時それはすべてナマエから分けてもらった時だけ

美しいと言われる月も光がないと輝けないのだ





「(輝かなくてもいいと言ってくれたのは君だけ)」

「(輝くための光りをくれるのはあなただけ)」



カーテン向こうから現れたワンピースを纏い恥ずかしそうに頬を染めるナマエを見て浮かべる表情は幸福そのものだった

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