short story

□会いに行ける幸せを噛みしめて(ハウ)
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「ほらっ、あとちょっとロトよ」

「うん…分かってる」


手に持つ紙袋の中からふんわりと香る甘い匂い。中にはいつか食べたマラサダが入っていた


目的地へと続く道を上りながら溜息を吐く。決して疲れたわけじゃない、上り坂ばかりの道と言ってもそこまで長くないこの距離を登り切るのには普通並みの体力があればそれほど苦ではない



じゃあなぜかというと


「似合ってるロトよ?」

「ありがとう」


ポケモンリーグと自宅を行ったり来たりするマンネリ化してきた毎日に何か新しい変化を求めたわたしは今まで考えもしなかった行動に出たのだ



そうだ。髪を染めてみようと

一番手っ取り早くていつも目にするところから変えてみることにしたわたしは自宅の近くの町にあるヘアサロンに行って髪を染めた


カントーに行ってしまったリーリエの亜麻色の髪がいつも綺麗だなぁっと思っていたわたし。でも、なんだか真似することが恥ずかしくて、でもせっかくだからとホワイトを選んだ



染め終わってふわりと首をくすぐるほどまで伸びた髪に触れる。鏡に映る自分の姿を見てその変わりように驚いてしまった






「失敗しちゃったかな…」


なんだか似合っていないように思えた髪を少しでも隠すためにグラシデアで買ったつばの広い帽子をかぶる。冒険せずに無難なダークブラウンを選んでおけばよかったと後悔した






リーグに来る人は多くても四天王を突破してこれる人はそこまで多くない。よってこの髪色が人目に触れることはあまりないからいいやと思っていた矢先のこと



「たまにはハウにも会いたいロト。マラサダをもっていってあげたいロト」




ククイ博士から受け取ったロトム図鑑。わたしが旅を始めた日から色々な場面でサポートしてくれたわたしにとっては無くてはならない存在。チャンピオンになってからめっきり外を出歩けなくなってしまったわたしに文句ひとつ言わないでずっと傍にいてくれる



一度だけ新しいポケモントレーナーに渡すことを提案したことがあったけど返ってきた答えはNOだった


まだまだわたしと一緒に行ったことのない場所を巡りたいと言葉にしてくれたとき本当に嬉しくて、でもあまり連れ出してあげられないことに少しの罪悪感



だから初めはあまりのタイミングの悪さに決められず口籠ってしまったが結果は今のわたしの行動を見れば言わずもがな…





「…着いた」


久しぶりに訪れたリリィタウンは何も変わっていなかった

静かで、心地よい風が吹いていて大きな町とは違う静けさがこの町を包み込んでいた






「えっと…ハウは」

「あ!ナマエだー」



かけられた声に体が強張る。足音が自分のいる後ろから近づいてきて目の前に立って顔を覗き込んできたハウはいたのがわたしだと確信を持ったからか「やっぱり」と朗らかな笑顔を浮かべた




「えへへ、髪の色が違ったからびっくりしたよ。すごーく似合ってる」

「…ほんとに?」

「うん!」


屈託のない笑顔で言われてようやく肩の荷が下りた気がした。のんびりとした口調で話すハウと居ると流れる時間がゆったりしたものに感じられて、不思議と心が穏やかになれた




「ナマエはどうしてここに?」

「マラサダを持って会いに来たロト」

「え?…うわぁーありがとう。うれしいなぁ」



紙袋を見て嬉しそうに声を上げると一緒に食べようと言って手を握られて家の方に歩き出した




◇  ◇  ◇




「おいしいね。ナマエ」



パクパクと見る見るうちに消えていくマラサダを見ているとなんだかこっちまでお腹がいっぱいになってしまいそうだった



飲み物を出されて一口だけ口をつけてからカランとコップの中で氷がたてた音に耳を傾ける。こんなにゆったりとした時間を過ごしたのは久しぶりのような気がした




「ねぇ、ナマエ。何かあった」

「ん?」


目の前に座るハウがまっすぐにわたしを見つめてくる。手に持つマラサダが包まれた紙を置いてそっと壊れ物でも扱うように、伸ばされた手は染めた髪を一房すくう。流れるような行動に何もできなかったわたしは頬に少しだけ当たる日に焼けた手の感触にドキリとした




「…どうして」

「んーと、上手く言えないけどナマエが旅を始めた時からずっと見てたから。だから何となくだけど今、ナマエが寂しそうにしてるのも、苦しそうにしてるのも分かる…って言ったら信じてくれる」

「信じるもなにも…わたしは別になんとも思ってないよ」


見透かされたような言葉に何もないように笑顔を作った。いつからか真実を隠すために見につけた防衛能力の一つになったそれはここでもしっかりと反映されて違和感はないはずなのに



「うそ。オレの知ってるナマエはそんな風に笑わない」

「…」



ばさりと切り捨てられた術はわたしを守ってはくれなくて俯いた拍子に頬にかかった髪が表情を隠して視界を遮ってくれた。だって仕方がない。あの場所には楽しみよりも苦しみの方が多いのだ。敗北を知らないできたわたしは今になってそれを知るのがとても怖い



負けた瞬間に自分には何も残らないような気がした

ハウにはハラさんやチャンピオンである自分がいて、グラジオにはルザミーネさんが残したエーテル財団があっていつか挑戦したいとわたしに言ってくれたことがあった。リーリエにはルザミーネさんを治すという目的とその場所で素敵なトレーナーになりたいという目標がある



皆、何かしら夢や目標、やりたいことがあるのにわたしには何もない。トップに立ってしまったわたしにはあの場所を守り続けなければいけない義務と挑戦しに来たトレーナーにバトルをしなければいけないという使命。いつかリーリエに聞かれた島巡りを終えたら何をしたいのかという問いの答えを探す時間を周りは与えてはくれなかった




目標も夢も見つからない空っぽなわたし
髪を染めようと思ったのも気分転換のためと言いつつ根っこの部分にはこのまま流される自分に抗いたかったのかも知れない



でも、結果として後悔しか残らなくて、変えない方がよかったとまで思ってしまった小さな自分に嫌気がさして、空しく思えてきて…こみ上げてくる熱いものを押し留めることが出来なかった



「っ…」


突然涙を流したわたしをハウはどう思ったのだろうか。驚いたか、呆れたか、軽蔑したか。嗚咽を零すだけのわたしは胸に秘めていた想いを何一つ口になんてしていないのに





「頑張ったんだね。ナマエは」


とあまりにも優しく囁いて、すくい上げた髪を離した手はぽんぽんっと頭を撫ででくれた。それはまるで母親が子供をあやすように温かなものだった






「ほんとはね。ずっと前から気が付いてたんだ」

「…ま、え?」

「うん、確信したのはリーリエがカントーに行った日からかな。なんだか寂しそうだなって思ってたら会うたびにそんな表情ばっかりするんだもん

リーグに行って楽しいバトルだったねって口にはしてたけど苦しそうにしてるナマエを見てて全然そう思えなかった

…ちゃんと聞けなくてごめんね」



その言葉にふるふると首を横に振った。隠そうとしていたのは紛れもない自分で言い出せなかったのはハウのせいではない




「だから…今から遊びに行こよ」

「え」

「オレは今ナマエが求めているものも分からないし、言い当てれるくらい頭もよくないから。でも、苦しんでいるナマエを笑顔にすることはできると思うんだ…ううん、絶対して見せる


だからまずはマラサダを食べて腹ごしらえをして街に行こう。二人なら悲しいことは半分で嬉しいことは二倍だと思うんだー」




ずいっと差し出されたマラサダを受け取って勧められるがまま口にした。それは少しだけしょっぱかったけど後から広がる甘さに今自分は幸せを噛みしめているんだと思った

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