short story
□染められぬ純白(グラジオ)
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サンサンと降り注ぐ太陽の光り。じわりと肌を焼くような暑さには未だになれない
つばの広い帽子を深くかぶってがさりと草むらをかき分ける
「おーい、出ておいで」
声をかけながらこの辺りにいるであろう探しているポケモンを呼んでみるが返事はない
「やっぱり見つかりにくいんだなぁ」
ポケモンを人に探すのを手伝ってほしい場合は本人がそのポケモンを知らないか見つけにくいかのどちらかで今回は後者だ
ポケモン図鑑の空白が目立つことに見直してみて気が付いた。だからというわけではないがそういったことを意識するようになっていたわたしにとって今回のお願いは図鑑を埋めるいいきっかけになっていた
「どこにいるのかな。ヌイコグマ…」
生息している場所は分かるのになかなか姿を現してくれないそのポケモンはキテルグマの進化前だ。鳴き声やまるでぬいぐるみのようなフォルムが可愛らしいと過去に戦ったバトルから蘇る
でも、野生出会う機会には恵まれなかった
がさがさと草むらを漁るわたしは周りから不審の目を向けられかねなかっただろう
「おい、こんなところで何してる」
「…グラジオ、くん」
草を踏みしめる音に振り向けば光を吸い込んで淡く輝いているように見える金髪と新緑のような瞳。黒に染まったかのような格好は変わっていなかった
少しだけつんとした目元が怖い印象を与えるが本当は家族思いで、ポケモン思いで、心の優しい人だということをわたしは知っていた
「ポケモンを探してて、ヌイコグマっていうんだけど知ってる?」
「知ってはいるが…はぁ、お前は相変わらず頼み事ばかり引き受けているんだな」
呆れたように溜息をついてこちらに歩いてくると伸ばされた日焼けを知らない白い手が草に触れた
「手伝ってくれるの?」
「ああ、どうせまたエーテル財団の誰かに頼まれたんだろ
ほんとにお人よしだな。こんなことをして何になるんだ
…お前は大人しくリーグを守っていればいいものを」
「そうだね。でも今日はお休みだから大丈夫だよ
それにわたしは損とか得とかよりも誰かのためになれたらそれだけでいいの。リーグも島巡りを終えたトレーナーの人が何かを得るためのきっかけになれたらそれだけで十分
グラジオくんが困ってたらわたし、力を貸すからね」
「そんなことばかりしてたらすぐに限界が来るぞ」
「大丈夫だよ。これでも島巡りをしたトレーナーの一人だから体力だってそれなりに…あ!」
草むらの中に見えたピンク色の耳を見て思わず声を上げてしまった
グラジをくんもつられるように視線を向け気が付いた
駆け寄ろうと前かがみになっていた体を起こし足を踏み出したとき帽子の隙間から差し込んだ強い光りにクラリとしていうことを聞かなくなってしまった身体がぐらっと傾いていくのを分かっていながらも何もすることが出来なかった
◇ ◇ ◇
「気が付いたか。気分はどうだ」
重い瞼をゆっくりと開けて見えたのはわたしを心配そうに見つめるグラジオくんの顔だった
「うん、もう大丈夫だよ」
柔らかな感触と生地が擦れ合う音に自分が膝枕をされているのだと分かった途端、頬に熱が集まる
「っ…ご、ごめんね。重かったよね」
慌てて起き上がろうと身を捩ろうとして、それは肩に置かれた手によって阻まれた
「いい、そのままで」
「でも…」
「また倒れられても困る。しばらくはこのままでいい」
「…ごめんなさい」
熱から逃れるように横向きになってから起こしかけていた体を沈める
木の下に移動したからか降り注ぐ日光はずっと優しいもので風も涼しかった
「珍しいな…お前がオレに謝るなんて」
降ってきた言葉は不意に出たように小さなものだった
「そう、かな。わたしでも迷惑をかけたんだから謝るのは普通だよ」
助けてもらったんだからお礼を言うのも謝ることも当たり前のようにしてきたわたしにとっては何の疑問も抱かずにしてきた日常だ
でも、わたしにとっての日常はグラジオくんにとっての非日常なのかもしれない
「オレはそれまで普通だと思っていたことを捨てた。強くなるために、守りたいものをこの手で守れるように」
「…そっか」
「お前にも今思えば八つ当たりに近いことで迷惑をかけた」
「うん…でもあれは仕方ないよ。誰だって行き場のない感情を周りにぶつけたくなることはあるんだから」
「お前は…ナマエだけはいつもオレに真っすぐに向き合ってくれた。昔も今も変わらずに…ありがとう」
言葉に優しさが混じって横になるわたしの髪を何かを確かめるようにくしゃりと触れた
そこに確かにあることを確認するように、手で瞳で縋ってくるような姿はまるで子供のように見えた
今まで見たことがない憂いを帯びたグラジオくん
ヌルを連れて二人だけであの場所から逃げ出したその日から背伸びをして得られたはずの感情や時間を捨てて
決意した気持ちが揺るがなように、失わないように何にも染められない黒を選んでその身に纏ったのだろうか
何色にでも染まれる白を脱ぎ捨てた時の気持ちはわたしには分からないし知るすべもない
でも、纏う黒をグラジオくんにとっての心地よい色にすることが出来ればいいと思った
「…わたしもこんなにも優しいグラジオくんと出会えて嬉しい」
「…っ、本当にナマエには敵わないな」
どうかこれから先、グラジオくんにとって優しいものであれますように
わたし達を包み込むように静かに風が吹いた