short story
□作り上げたカタチ(イリマ)
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「こんにちは、イリマさん」
ひょこっと現れたのは今やこの地方のチャンピオンで知らない人はいないであろうナマエ
「こんにちは、ナマエ。今日はどうかした?」
「実はイリマさんに聞きたいことがあってきたんです。お時間大丈夫ですか?」
控えめに、でもダメかなと期待を込めた瞳に見つめられれば断ることが出来なくなってしまう。「いいですよ」とボクが言えばほっとした表情を一瞬、そして小さな笑みを作って部屋に入ってきた
「わぁ、すごい本の量ですね」
机の上に並ぶ分厚い本を肩越しに覗き込むように見てくる
本人は何気なくやっているのだろう。少し視線を横に向ければ細い髪や柔らかそうな頬、力を入れれば折れてしまいそうな首、自分とはまるで違う透き通るような白があった
そのあまりにも触れるのがためらわれる美しい白が目に入った瞬間呼吸すら忘れてしまいそうになった
出会った頃は一人の島巡りを頑張るトレーナーとしか見ていなかった少女はこのアローラ地方のチャンピオンになり再び会う機会がなかなかなかった
ボクは島のキャプテンとしての仕事がありナマエはチャンピオンとして島巡りを終えたトレーナーの目標として戦わなければならない責任がある
そんな中唐突に現れたんだ
「えっと…こんにちは、イリマさん。お久しぶりです」
少し緊張した面持ちで笑みを零した。聞きなれた声に弾かれたように声の主を見れば、そこにはよく知っている人物がいる筈だった
知っていなければいけないのに立っていたのは以前とはまるで違う姿をしたナマエ
旅をするトレーナーらしく動きやすさを重視したスポーティな姿だったころとは違い肩のあたりで風に揺れていた髪は背中にかかるほどまで伸び、このアローラの気候に合った大人っぽいミントグリーンのワンピースを身に纏っていて少女から女性へと意識させるほど変わっていた
そのことに驚きつつも「こんにちは、ナマエ」と返せば何がそれほど嬉しかったのか丸い目を大きく見開いてから本当にうれしそうに微笑んだ
その理由はボクだけは彼女のことをチャンピオンと呼ばず、名前を一番に言ってくれたかららしく、たったそれだけのことでも本人にとっては周りの人がチャンピオンになってから接してくる態度などが少し遠いものになってしまったらしい
「イリマさんだけは変わらずにわたしに接してくれて、すごく嬉しかったんです。かわらずの石をくれた時に言ってくれた言葉通り…今も変わらないイリマさんがいてくれてすごく、すごく助かってるんです」
彼女の中でボクが救いになっているのなら嬉しいはずなのに友達としての関係を自分から作ってしまった言葉を後悔していた
変わらない関係であればいい、きっとその言葉を友情として受け取っていた
当時はそれでよかった
でも、今芽生えつつあるこの感情は友情とはかけ離れたもので、撤回した時、彼女が気軽に接してくれるこの時間が無くなってしまうのではという恐怖があった
知って欲しい、伝えたいと思う一方、そうできない自分がいた
「それでボクに聞きたい事って何かな。力になれればいいんだけど」
「あの、イリマさんは以前にカロス地方に留学していたって聞いて」
「うん、そうだよ」
「それで…わたしもカロス地方に行こうかなって考えているんです」
この地方を離れるという言葉に心が冷えたような気がした
ポケモンリーグのチャンピオンの間でのバトルでフィールドが半壊してしまったらしく修理をしようにも場所が悪いため時間が出来たなど、どうしてそうなったかを丁寧に説明され時間が空いたから知らない土地に行くにはいい機会だと
それならまずボクが行ったことのあるカロス地方に行こうと決めどんな場所なのかを知りたくてボクを訪ねてきたのだと
話の内容は入っては来るが右から左にするりと抜けていってしまうかのようで、心の中にこぽこぽと湧いてくる寂しさという感情だけが満たしていた
「イリマさん?」
目の前のボクの変化に気が付いて心配そうに見つめてくるナマエ
ここで、彼女の前で本音を告げたら、カロスに行かずボクの傍にいてくれるのか…
作り上げたものを壊してもう一度作り直そうとしたら
"友情"から"恋"に変わる言葉を口にすればナマエは変わらずにいてくれるだろうか