short story

□甘いカケラを飲み込んで(コウキ)
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「ねぇ、どれがいいと思うナマエ」


振り返って真剣な瞳で見つめてくるヒカリはわたしがトレーナーズスクールに入った時からの大切な親友だ。手入れを欠かさないカラスアゲハに似た黒髪と首に巻いた真っ白のマフラーが冷たい風に揺れている



「これも可愛いけど…あっこっちも…ううん、もっとシンプルな方がいいのかな」


うう…と小さく唸りながら再び視線はショーケースのほうへ向けられ睨めっこが始まる。そんなヒカリを横目に街の風景に目をやった


どこもかしくもふわりと甘く幸せになるような香りが漂っているのはきっと明日が女の子にとっては大切な日…バレンタインだからなのかもしれない


いつも以上に女の子がざわざわしていたり男の子がどこか緊張した面持ちなのも"バレンタインデー"というイベントの影響だ。ショーケースの中にはドライフルーツやナッツが混ぜ込まれた一口サイズのチョコからトリュフやガトーショコラなどのお菓子が並ぶ中、わたしは店員さんに声をかけてチョコを購入した




「はぁ、緊張してきた」

「大丈夫だよ。ヒカリなら絶対にうまくいくから」


何とかチョコを購入して手には水色の包装紙に包まれたチョコの箱が紙袋に入れられている


「それにヒカリが大好きな人のことを考えて一生懸命に選んだチョコだもの。きっと想いを届けてくれるよ」


わたしは手に持つ紙袋の中からさっき買った菫色のやわらかな袋にリボンがかけられた袋をポンッとヒカリの手の上に置いた



「これは?」


手の上の袋とわたしを交互に見る


「わたしからの友チョコだよ。一日早いけど今のヒカリにぴったりだと思うな」

「…?開けてみてもいいかな」

「うん、いいよ」


はらりとリボンが解かれ中に入っているチョコを見て「わぁっ」と声を上げたヒカリは満面の笑みを零した



「これ…」

「クローバーのチョコ、クローバーって幸福って意味でしょ。だからヒカリが幸福でありますようにっていう小さなおまじない」

「ありがとうナマエ。もう、大好き!」



ぎゅぅぅっと抱き着いてくる体をふわりと抱き留めて「頑張ってね」と言葉を送った





◇  ◇  ◇





「そういえばナマエはコウキにチョコあげるんでしょ?」


さも当然と言わんばかりの言葉にわたしはきょとんとしてしまった。ヒカリとコウキくん、後違うクラスのジュンくんは小さな頃から幼馴染らしく家もお隣同士という少し変わった環境に身を置いている

でも、そんな身近な距離からヒカリのジュンくんへの好きという恋の感情が芽生えたのだから不思議なものだなぁという考えがあった



「えっと…うん、一応」

「やっぱり!そっか、そうだよね。だって二人ともすごくお似合いだから絶対こういうイベントは欠かさないだろうなって思ってたの」

「え…」


耳を疑った。ニコニコと話すヒカリは何を言っているのだろうかと



「ヒカリ…あの、わたしがチョコを渡すのはこの前資料室に教材を運ぶのを手伝ってもらったからからで、後本を貸してもらったお礼も…」


あれ、こうして思い返してみればコウキくんに色々手伝ってもらっていたんだと気が付く。いつも一人でやっていた頼まれごとをいつの間にか二人でやるようになっていたのだがそれがいつくらいからだったのかはぼんやりとしていて思い出せない


本当に気が付いた時には一緒にやっていたのだから


「そうなんだ…えっと、ごめんね。あたし変な事言っちゃったみたい」


てへっと笑う表情も可愛いなぁと思いつつ


「どうして急にそんなことを?」


今までわたしが誰かにチョコを渡すのかということを聞いてきたことがなかったからかヒカリが嬉しそうに語った内容がなかなか頭から抜けない。話を掘り返すなんて失礼だったかもしれない…失言にも似た言葉、きっと流して欲しかったのだろう


沈黙が続く中で、少し前を歩く足がピタリと止まり黒い瞳がわたしと合う


「ねぇナマエ。コウキは優しくていい人だから、いつだってナマエを助けてくれるし、力になりたいって思ってるそんな人だから!」

一気にまくし立てるように言い切って「じゃあ、またね」と慌てるように横道に入っていった


「ヒカリ?」


ポツンとその場に残されて勢いで言い切ったコウキくんのことを上手くまとめられないまま消えていく後姿を見つめていた

ぐるぐると頭の中を巡る言葉は整理できなくてやっぱり聞かない方がよかったなぁと聞いてしまったことを反省して家に続く道を一人で歩いた
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