short story

□世界が染まる(キョウヘイ)
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好きな人がいる人を好きになる

言葉だけ聞けば辛い恋だと、叶わない恋だと思われるかもしれない


でも、僕はそれでも幸せだった





「キョウヘイくんはどっちがいいと思う?」


二つの色の手袋をもって問いかけてくるのは僕が好きになったナマエさん。二つ年上のトウヤ先輩の幼馴染として紹介されて会った時、一目で恋に落ちてしまった


でも、この恋が叶う確率は低いかもしれない。なぜならこんなに楽しそうに、蕩けそうな甘い笑みを浮かべて僕を見ていてもプレゼントを選んでいるのは僕が尊敬していて先輩と呼んで慕っているトウヤ先輩に渡す為なんだから


ナマエさんを見ているから分かってしまった。その眼差し、仕草、言葉遣いに、滲んだ甘い気持ちが形になって僕以外の人に向けられているだけでチクリと胸が傷んでやっぱり悲しくなってくる


「ごめんねキョウヘイくん。付き合ってもらっちゃって」

「ううん、大丈夫ですよ。今日は特に予定もなかったので暇だったんです」

「ありがとう。キョウヘイくんは優しいね」



ナマエさん限定ですよ。と言えたらどんなに楽なんだろうか。あなたから誘ってもらえたらきっと僕は一人で舞い上がってどこにだって行っちゃいそうだ



「あとで何かお礼しなくちゃだね。…んーどこか行きたい所とかある?」

「あっじゃあ、最近新しく出来たカフェに行きたいんですけどどうですか」

「ほんとっ!わたしも行ってみたいなって思ってたんだ」



ふうわりと今度は僕だけのために向けられた笑み。そんな笑顔一つで悲しい気持ちなんて雪みたいにすぅっと解けてしまう


そして思うんだ。プレゼントを渡す一瞬よりもこうして、楽しそうに買い物をしている時間を一緒に過ごす方がずっと長く隣に居られるからいいやって



きっとトウヤ先輩は知らない。ナマエさんが先輩のことを想って浮かべる甘い笑みも、悩む時に少しだけ小さな唇を尖らせることも

知らない特別を僕だけが知っている


後はトウヤ先輩に向けられる全てが僕の為にあるのなら完璧なのにな…と








◇  ◇  ◇



「あ…キョウヘイ、くん」



暗い夜道でポロポロと透明な雫を溢す。泣き止もうとして必死に服の袖で目元を擦るが流れる涙が止まらないのか目元が赤くなり始める

ナマエさんはひどく悲しそうでふわふわと降る雪のようにそのまま風に乗って消えてしまうのではないかと思った





数時間前に買ったプレゼントを持って参加したクリスマス会。賑やかなことが好きなトウコ先輩が開いたイベントはみんな笑顔で始まった


プレゼント交換になって思い思いの相手に渡していく中…ナマエさんはトウヤ先輩に渡そうとしているのだろうと視線を向ければ弱ったように目を少し伏せている先


メイがトウヤ先輩にプレゼントを渡していた

その瞳はナマエさんがしていたものと全く同じで、リボンをほどいて中に包まれていたプレゼントはまさかの手袋だった。にこりと笑って唇が「ありがとう」と動いてメイの髪に唇を寄せるその行為が二人の間にある関係をまざまざと見せつけていた


なんで、いつからと思うがそれよりもあんな光景を見てしまったナマエさんがいることにはっとして視線を戻せば紙袋を持つ指がキュッと力がこもっていて白くなっていた

溢れる気持ちを抑え込むように下唇を噛んでいる

きっと見ていることに耐えられなかったんだろう




あんなに幸せそうに選んでいたプレゼントを持ったまま会場を出ていく。気が付いたベルさんが後を追いかけようとするのを僕が止めてその後を追いかけていた




「追いかけてきてくれて…ありがとう」


涙を流したまま強がるようにふにゃりと笑ったが失敗したのかまた、悲しそうな表情に戻ってしまう



「幼馴染じゃなければよかったのかな」

「…」

「距離が近すぎたから…きっとお互いのことを分かりすぎていたから…ううん、でも二人はあんなに幸せそうだから…わたしが入る隙なんて、もう…」



認めたくないという感情と、祝福しなければいけない感情が吐露されていく 

聞いている僕までひりひりと胸が締め付けられる。どんどん声が小さくなって、掠れて、最後にはしゃくりあげる音だけが二人の間を流れていた




これはチャンスなのだろうか

今、僕が手を伸ばして抱きしめて、囁けばナマエさんは僕の事を見てくれるだろうか


弱っているところに付け込もうとしている自分はきっと最低なのかもしれない

でも、そんな思考を巡らせていても手は震えるナマエさんに伸びていて細い体に触れた瞬間その思考は一瞬で弾けた


そして、腕の中に納まる頃にはナマエさんが僕に染まってくれればいいのにという自分勝手な気持ちでいっぱいになっていた

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