short story

□微睡に委ねる(ダイゴ)
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ふわりと、優しく撫ぜられる感触がした。温かくて、ごつごつした手の感触が髪からそっと頬に触れる


くすぐったくて閉じていた瞼を持ち上げるとぼやけた視界、ぱちぱちと瞬きをして首を少しだけ傾ければ空を溶かした様な澄んだ瞳があった



驚いたように少しだけ見開かれたその目はすぐに優しく細められ薄い唇がほころび、ほのかに甘くてすっとする香りと見覚えのあるスーツを着たその人



「…ダイゴ、さん」



小さく呟いていた。ここにいる筈のないその人物、一通の手紙とモンスターボールを残して遠い地へと一人で行ってしまった

だからわたしは夢なんじゃないかと思った


疲れていたからきっと、こんな夢を見てしまうんだと思った。頬にかかる髪にそっと触れてくる手にわたしは自分からスリッと頬ずりをしてみた


温かくて、ふわふわしていて、心地よい
きっとこれは夢なんだ



そんな風に勝手に解釈している中で、せめて夢の中だけでならっと、ほんのちょっとだけ目の前にいるダイゴさんに甘えたくなってしまった


頬を寄せたわたしに「今日は、甘えんぼだね」と、くすりと笑われる



甘えんぼじゃ、ない。ぷうっと頬を膨らましそうになってやめた。だって、夢が覚めてしまうと思ったから。ほんの少しの亀裂でこの幸福な時間が終わってしまうのが怖くて


むりやり頬に力を入れてみた
ちょっと無理して作った笑みは笑みにすらなっていたかは分からない

でも、わたしにも意地があるんだと決めて笑ってみた。そんなことが急に悲しくなってきて口元に力が入らなくて、訳の分からない感情が押し寄せてきてそれをこらえるように
キュッとズボンのすそを握って顔を見られないように埋めた




「どうしたの?」


問いかける言葉はどこまでも優しい
ゆっくりと目を合わせようとしないわたしの頭をなだめるようにゆっくりと何度も、何度も撫でてくれた




「…だめ、だった」


喉の奥から絞り出した声は震えていた


「ダイゴさん…みたいになろうって…頑張ったけど、上手くいかなくて」

「うん」

「ポケモンたちは皆頑張ってくれて…なのに、わたしは弱いままなの」

「…うん」

「…苦しい…苦しい、ダイゴさん」


言ってしまった
ずっと、心の奥にしまっていた想いを口にしてしまった

口にして少しだけスッとしたけど、それ以上の後悔がすぐに襲ってきた



弱音を吐いてちゃダメなのにそれでも、止まらなかったのだ。あなたが夢に出てきたから

黙ってひたすら熱を分けてくれるから…

その熱に酔ってしまえたらいいのにと思った






◇  ◇  ◇




久しぶりに目にしたナマエはひどく弱っていた

ノックをして部屋に入ればソファーで一人、すやすやと眠っている彼女にそっと近づく


自分よりもずっと小さくて華奢な身体、細い髪がはらりとソファーの上に広がるその光景は思わず魅入ってしまうほど綺麗だった



「こんなところで寝たら、風邪をひいてしまうよ」



ブランケットでその体を包み込み抱き上げそっと膝枕をした


会えなかった時間の長さともっと触れていたいという欲があった。同時に彼女が戸惑う姿を見て見たかったからかもしれない



コチコチと時計の針の音だけが響く静かな部屋。膝に乗る柔らかな重みと熱があって静かに寝息を立てて眠る彼女を起こさないようにそっと顔を見下ろした


髪はあのころよりも伸びていて細く通った鼻筋、小さく柔らかそうな唇、あどけなさを残しながらも儚げできれいな少女に成長していた



二年という長いようであっという間に過ぎ去った時間の中で旅に出て、沢山のことを改めて学んだ。ホウエンという地方はあまりに狭くて外の世界の広さを身に染みて感じた




「頑張っているんだね」


旅をしている中で、ホウエンの噂を聞くことがたびたびあった。チャンピオンを降りて一人のトレーナーという形で彼女のことを耳にするというのは新鮮だった


メガシンカというポケモンの新たな進化が見つかり、それを使いこなして戦う彼女はとても強く。まだ、彼女を追い詰めることができたトレーナーがいないと聞いた時は自分のことのように誇らしくなった





旅を始めたばかりのころは戸惑うことが多いのかいつも不安げに苦しそうにしていた


そんな中で、ポケモンと向き合うひたむきな姿勢や一生懸命に頑張る姿

ただ純粋にポケモンのことが大好きで、大切で、自分の手持ちのポケモンと触れ合うときにかける言葉の一つ一つに浮かべる小さな微笑みに



ほわりと心が温かくなっていて癒されていて…気づけば好きになっていた





ふと、その髪に触れたくなって指を絡める
痛みを知らないさらりとした髪は指をするすると通り抜けた

それを何度か繰り返して白い頬にそっと触れる。くすぐったかったのかふるりと小さく体が揺れてゆるゆると瞼があげられ

ぼんやりとした光を宿す瞳と見つめあう



何か声をかけようとするよりも早く、自分の名前を紡いでくれたことに自然と微笑んでいた。手にすり寄ってくるその姿は親に甘える小動物のようで普段はしないその行動につい、甘えんぼだねと言ってしまった
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