short story
□変わらない温もり (トウヤ)
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「久しぶりナマエ、このポケモンセンターで手伝いをしてるなんて全然知らなかった」
すとんとわたしの座るベンチの隣に腰を下ろすトウヤくん
反射的に中に引っ込もうとしたわたしは腕をつかまれてそれが出来なかった
動けないでいたわたしと必死のトウヤくんを見たジョーイさんが休憩をくれたのだ
「さっきは…ごめんなさい。その、びっくりしちゃって」
「気にしなくていいよ。僕も腕掴んじゃったし、痛くない?」
「うん、大丈夫だよ」
視線を合わせずらくて、つい膝の上に座りブラッシングされて気持ちよさそうに目を細めるチラチーノのほうを向く
いくら休憩とはいえ申し訳なくてブラッシングをしながらの会話
まだわたしの隣にはこれからブラッシングをしなければいけないポケモン達が入ったモンスターボールがいくつも置かれていた
「カノコタウンに帰る途中だったんだけどポケモンが疲れてるみたいだったから今日はここで泊まろうと思ったんだ
ナマエはもう旅は始めた?」
ピタリとブラッシングの手が止まった
"旅"それはわたしが一番聞きたくなかった言葉だった
3人はそれぞれアララギ博士からポケモンを貰って旅に出て、親から旅に出ることへの許しを貰えなかったわたしは1人で皆の背中を見送った
悔しいよりもずっと、悲しかった
もう、街には3人はいなくて心にぽっかりと穴が開いたみたいだった
皆は自分よりもずっと大人に見えてわたしはまだスタート地点から動けないでいる子供のまま…
そんな風に思えてなんだかこんなちっぽけな自分が恥ずかしかった
「まだ…かな。でも、ジョーイさんのお手伝いをしながら楽しい毎日を送ってるよ。この子もいてくれるし」
そう言えば腕の中のこの子も返事をするように鳴いてくれた
「本当に?」
でも、わたしの言葉を否定するように強い口調で言ったトウヤくんの表情は真剣そのもので、真っすぐな迷いなんてない瞳
ウソを見抜くかのようなそれについ、狼狽えてしまった
「…」
お手伝いをしていて楽しい、その気持ちにウソはない
でも、それ以上にわたし自身旅への憧れを捨てられなかった
チラチーノと一緒に旅をしたい、イッシュ地方を周りたいという気持ちは胸の奥にひっそりと隠していた感情だ
何も言えないでいるわたしを見て、やっぱり…とゆるりと唇をゆるめた
そっと手を握られて瞳がぱちりと合って、形の良い唇が動く
「約束したでしょ。ボクがナマエを旅に連れ出してあげるって」
「…っ」
そうだ、遠い過去に3人が旅立つその日
前日の夜に笑って見送ろうと何度も鏡の前で練習をしてでも、いざ朝になって見送ろうとした時、悲しくて笑顔なんて作れなくて逃げ出してしまった
そんなわたしをトウヤくんは探してくれて約束してくれたんだ
「ナマエちゃん、僕が絶対に旅に連れ出してあげる。今度は一緒に、2人でこのイッシュ地方を旅しよう。それまで待ってて」
涙を拭いてくれてぎゅっと自分よりも大きな手に包まれて勇気づけてくれた、希望をくれた優しさと温もり
あの、あたたかな温度と言葉が呼び起こされる
「一緒に旅をしよう」
その言葉がすとんと自分の中に落ちて
あの頃よりも大人びた笑顔があって
「…うん」
わたしは頷いていた