オリジナルストーリー
□ただそれだけでいいのだと
1ページ/1ページ
「それではこれよりヒオウギジム開設記念エキシビジョンマッチを始めます」
審判の声が響き、フィールドに広がるのは見守る生徒たちの声援だ
「チェレン先生のバトルが見られるぞ」
「先生頑張ってー」
「倒しちゃってー」
その反対側ではナマエ、デント、アイリスが同じくこれから始まるバトルを待っていた
「校庭がバトルフィールドなんだ」
「実にエクセレントで個性的なテイストだね」
「ここでのバトルは校舎から見えるようになってるんです。実際のバトルを見て学べる環境はきっと生徒の皆にいい刺激になるからって」
考えられて作られたフィールドの仕組みにデントは感心したように頷く
「確かに、見たものはいずれ何かしらの形で糧になるからね。ボクもこんな学校に通ってみたかったよ」
「ふふ」
自分のことではないのにこの学校が褒められるとまるでチェレンのことも褒められているようで嬉しくてナマエは一層笑みを深めた
「それでは始め!」
サトシはミジュマル、チェレンはハーデリア。先に仕掛けたのはサトシだ
「ミジュマル、ハイドロポンプ」
「みじゅっ」
腕を交差させ体を包む青い光が水へと変わる。勢いをつけて一直線に放たれた
「避けろ、ハーデリア」
その指示にハーデリアは素早く後ろに飛んだ。身のこなしは最小限にとどめられ無駄がなく、かつ素早い
「なんて素早い動きなんだ」
その光景にデントの声がこぼれる
「たいあたり」
「とっしん」
走り出すミジュマルと一拍遅れて駆けだすハーデリア。緩やかな助走からトップスピードに乗るまでは一瞬で、黄色の淡い光とミジュマルが空中でぶつかり合う
どんと大きな音と衝撃によって生まれた煙。見るものの視線を空中に集める中、その中から先に降りてきたのはハーデリアだ
「おんっ」
ダメージを受けたようには見えない。一方、苦しそうな声をあげ無防備な姿で落ちてきた体は硬い地面を転がった
「大丈夫か!ミジュマル」
「みぃじゅ…」
痛みを堪えるように立ち上がったがよろりと身体が傾いた。とっしんの反動がミジュマルにはまだ残っている
この好機をチェレンは逃がさない
「ハーデリア、かみなりのキバだ」
「おおん」
開かれて覗いた牙にバチバチっと雷を纏わせる。鋭く伸び具現化された牙
「危ない!」
堪らず声を上げたアイリス。デントの表情も苦いものへと変わっていく
「水タイプのミジュマルにかみなりのキバは効果抜群だ」
迫りくるハーデリアにここまでかと誰もが思った―――だがサトシは迷いなく指示を飛ばした
「シェルブレ―ド」
ミジュマルは素早い動きでお腹のホタチを取り。シェルブレードで牙を受け止めたのだ
「かみなりのキバをそんな方法で防ぐなんて流石イッシュリーグでベスト8に行っただけのことはありますね
ではこれはどうでしょうか」
(チェレンさん、楽しそう)
そこには悩んでポケモンバトルを避けていたチェレンの姿はなかった。ただ目の前のポケモンバトルに生き生きと向かう姿があるだけ
それを見た生徒たちは瞳をキラキラさせて魅入っていた。憧れるように身を乗り出して応援している
(それでいいのかもしれない)
きっといま、生徒たち一人一人違いはあれどバトルから多くのことを学び、感じ取っているものがあるはずだ
ただそこにいるだけでちゃんと意味はあるのだと
バトルは終わりナマエ達はチェレンの方へと近づいた
「チェレンさんオレの負けです」
「実に素晴らしいバトルでした」
「うん、ワクワクしました」
だがかけられる言葉とは反面、チェレンの表情は冴えない。目が伏せられて聞こえてきた言葉はナマエの心を静かに刺した
「でも…これで良かったんでしょうか。エキビジョンマッチとはいえボクが勝ってしまって」
本来ジムリーダーはトレーナーが越えるべき存在であり目標だ。それなのに経験を積んできたサトシに勝ってしまって…
生との立場にある存在に負けを見せてしまってと後ろ髪を引かれる思いだった
人のことを思いやる心は素晴らしい、でもそれは―――
「いいんですよ。チェレンさん」
「ナマエさん…」
一歩前に出て傍らに立つハーデリアの頭を撫でる
「バトルに勝敗はつきものです。チェレンさんのためにハーデリアは戦って、勝ってくれたんですよ
その頑張りをちゃんと認めてあげてください」
「ええ、それに答えは子供たちにあります」
伸ばされたデントの手、その先には光りが溢れていた
「オレ立派なポケモントレーナーになってチェレン先生に挑戦する」
「ボクも絶対にこのジムのバッチをゲットするんだ」
「あたしも」
「ボクも」
降ってくるように次々と耳に届くたび、チェレンはゆっくりと目を大きくした
「彼らはあなたの背中を見て何かを感じ取ってくれている。ジムリーダーとしてこれ以上のテイストはないと思いますよ」
「オレもチェレンさんは立派なジムリーダーだと思います。バトルだってすごく楽しかったし」
「ぴかぴっか」
「チェレンさん」
囁くような最後の声がチェレンの背中をそっと後押しした
「…そうですね。ボクは色々考えすぎていたようだ」
降り注ぐ太陽に眩しそうに目を瞑り。再び開けた瞳は晴れやかで、すっきりしていた
「もっと自信を持ってボクはボクらしいジムリーダーになってみせます」
確かな決意がこもった声はどこまでも強く、凛と響き渡った