オリジナルストーリー
□一人ぼっち、重なる影
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カタカタと動く腰についたボール。足を止めて目を向ければ半透明なボールの中から心配そうにこちらを見るハーデリア
チェレンは笑みを浮かべたがそれは困っているように歪んだものに変わっていく
「はは…心配させちゃってごめんね。もうすぐジムリーダーになるっていうのにこんなんじゃダメだね」
同じような表情をさっきまで一緒にいたナマエも浮かべていた。自分の身を案じる言葉。彼女はいつだって心の変化には敏感だ
表に出さないように気を付けていたのにどうやらばれてしまっていたらしい。気を使わせてしまいあんな悲しそうな微笑みなんて見たくないのに
そうさせてしまったのは自分だ
「でも、こんなことをナマエさんに言うのは少し…不謹慎かもしれないね」
自身に対するやるせなさに混じる嬉しいという気持ち。周りはキミは真面目だから何をやってもうまくいく、きっと大丈夫だ。なんて根拠のない言葉を口にしなかった
ただ無理しないでとかけられた言葉は決してチェレンの心を重くしなかった
向けられる眼差しは、選ばれた言葉は不安に駆られていたチェレンにとって優しいものだった
「このままってわけにはいかない事も分かってるよ」
ちゃんと見つけなければならない。あいまいなものを明確に言葉にしなければ…
優しさに浸かっていてはいけないのだと
「ごめんね」
それはハーデリアに言ったのか、心配しているナマエに言ったのかは分からない
遠くから聞こえてくる子供たちの声。木々が並ぶ舗装された道には木漏れ日のように太陽の光が差し込んだ。自分一人。たった一人
刹那、一人だったあの子の影が目の前に映し出されたようだった
***
一目見てその子が悲しそうなのが分かった
不注意で逃げ出したチラーミィを見つけて追いかけていたチェレンの前に現れたのは一人の女の子だった
ワンピースが吹く風に靡き、細い黒髪がふわりと広がった。夕焼けに照らされるその光景があまりにも神秘的で追いかけていた足を止める
女の子はゆっくりとしゃがんで目の前まで来たチラーミィと目を合わせ言葉をかけながらその体を抱き上げた
なかなか人に懐かなかったチラーミィがあまりにも自然に抵抗一つしないで腕の中に納まる光景は大きな衝撃を運んできた
「あの!」
とっさに発した声はびくりとその子を驚かせてしまい申し訳ないと思いつつ足を進めた
「すみません。そのチラーミィはボクが勤めるトレーナーズスクールの子なんです」
「あなたの?」
「はい、不注意で逃げてしまって」
「…そうですか」
その時、こちらを見上げるように上げられた顔、帽子のツバの下にある瞳が見えたときその澄んだ色と深い悲しみを湛え今にも涙をこぼしそうに見えて目が離せなかった
「良かったね。あなたにはちゃんと探しに来てくれた人がいたのね
もう逃げちゃだめだよ」
ふわりとほころんだ唇に細められた瞳は今までに見たことがないほど綺麗な淡い笑みだった
その微笑みにつられるように受け取ったチラーミィも笑っていた。そして体をくるりとチェレンのほうに向け小さく鳴いた声がごめんなさいと告げた
「いいんだよ。ボクこそごめんね」
揺れる瞳を慰めるように小さな頭を撫でた
ちゃんと心が通じ合ったのはきっとこの瞬間だった。上辺だけでなく目を見て心を通わせるというのはこういうことを言うのだと
「じゃあ、わたしはこれで」
背を向けてきたであろう道を戻る女の子。それを呼び止めてしまった
「待って!」
伸ばした手があと少しで肩に触れようというとき
「きゅう!」
がりっと鋭い痛みが手の甲に走った
「っ…」
くぐもった声が漏れて、それに気が付いて大きな瞳が一瞬見張られて慌てて手を取られた
「ごめんなさいっ。わたしのオオタチが、怪我を」
オオタチ?聞きなれないポケモンの名前だった。そのはずだオオタチはジョウト地方に生息しておりこのイッシュ地方では確認されていない
気が付かなかった。いつの間にか女の子の肩に薄い茶色の毛並みをした胴長なポケモンが丸い瞳を細めてこちらを威嚇していたことを
トレーナーを守るために牙を剥いたんだと。それらを理解し終える頃、手にはハンカチが結ばれていた
「ほんとに、ほんとうに…ごめんなさい」
か細い声と丸まった背中、はらりと肩越しから細い髪がこぼれ手に重ねられた一回り小さくて白い手がカタカタと震えていた
そのまま消えてしまいそうだと思った。目の前にいるのに強い風が吹いた途端その全てを連れ去ってしまうのではないかと思いーーー
「もう大丈夫です」
ハンカチが巻かれていない方の手で小さな手を包み込んで優しく撫でた。確かにそこにある感覚にチェレンの中に生まれた不安は溶けていき
また、うなだれるように下を向いていた顔が上げられた
(ああ、ようやく見てくれた)
菫色の瞳は何を思ってそんな色を映しているのだろうか。どうして…
「ボクはチェレン。すぐ近くのスクールで教師をしています」
手の中にはハンカチがあった。あの時とは違うけれど柔らかくてすべらかな感触はなんだか同じものに思え、すうっとその表面を撫でた
優しく包み込んでくれた熱が移った手は温かくじんわりと心まで温めた
なぜだろう。さっきまで沈んでいたはずの心がいつの間にか軽い
肌を撫でた風がすっと心地よく感じた
「キミはいつでもボクをすくい上げてくれるね」
傍にいなくても、苦しくて汚れてしまった心を綺麗にしてくれた
とくり…とくり、響く心音は大きく
…ゆるりといつの間にか心は満たされていた