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□一生のお願いを聞いて〈前編〉
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「お前、よくその頭で雄英受かったな」

私の目の前で呆れたようにいう彼の名は轟 焦凍(とどろき しょうと)。クラスメイトであり、普段は私の隣の席にいる推薦枠入学の優等生だ。

今、私達は机を挟んで対面し『ヒーロー歴史学』のテキストを広げている。なぜ、このような状況下にあるのか。時は3日前に遡る。



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「……ねぇ轟、私の一生のお願い聞いてくれない?」

放課後。
クラスメイト達が笑顔で帰って行くなか、私は今にも泣きそうな声で言った。顔が上げられない。机に突っ伏したまま力が入らずぐったりとしていた。

「馬鹿だろ……」

隣から聞こえる呆れたような声はいつものことだ。だが、今の私にとってはその言葉にすら心が折れそうだった。なぜ、私がこんなに脆弱しているか。その理由はひとつ。“ついにやってしまった”からだ。

先日行われた中間テストでは実戦演習と筆記テストがあった。実戦演習に関してのみ言えばクラスで3位の成績と、上出来だった。私の個性がハマる試験内容だったこともあり、私は安心していた。しかし、翌日に行われた筆記テストでは想像を超える粉砕が待っていたのだった。

私は人生初の赤点を取った。先ほどのホームルームで順に成績表を配ったときの消太さんの鋭い視線が今でも脳裏に焼き付いている。あれは無言の怒りだったに違いない。

幸い一回限りのチャンスはまだ残っていた。3日後に控える再テストで8割を獲得すれば補習を免れることが出来る。再テストには私の他に上鳴 電気(かみなり でんき)と芦戸 美奈(あしど みな)、そして瀬呂 範太(せろ はんた)の4名が呼ばれている。信じたくはないのだけれど、これが現実。私の破滅的な頭脳は雄英のレベルに合ってはいなかった。

「だ〜っはっは!おい鏡見、お前赤点とったんだって?!だっせぇ!」

その声に私は青ざめて固まった。一番絡まれたくない人が背後にいるのがわかる。

「演習の成績がそこそこでも赤点じゃ笑えねぇぜ!」

憎たらしいほど嬉しそうに笑っているのは爆豪 勝己(ばくごう かつき)。そんな彼は筆記テスト3位、実戦演習2位の優秀な成績を残している。どちらも成績が劣っている私は珍しく彼に言い返すことができなかった。

「うるさいな……切実なんだからあっちいっててよ……」

私は相変わらず泣きそうな声で爆豪に言った。言い合いにならないことに彼も拍子抜けしたのだろう、どこか驚いた様子だ。

だが、幸運にも私の隣の席は優等生の轟だ。勉強の苦手な私にとってここは最高の席のはずである。優秀な彼に勉強を見て貰えば、再テストをクリアすることは不可能ではない。

ちなみに副委員長の八百万 百(やおよろず もも)も推薦枠で入学しており、頭がよく頼りにもなる。だが、彼女は頭が良すぎる故に余計なことまで教えすぎてしまうところがあるのが欠点だった。私に余計な知識を貯蓄する脳はない。それとは反対に口数の少ない轟は無駄なく聞いたことだけを教えてくれる。

「ねぇ、本当にお願い。勉強みて!」

私は突っ伏した顔をあげると、最後の手段だと言わんばかりのすがる思いを露わにした表情で轟に言った。

「他を当たってくれ」

私と目が合うとすぐにその視線は逸らされた。彼は彼でちょっとクール過ぎるのが難点だ。視線はいつも冷たく、人と一線置いているような雰囲気でいることが多い。

「俺よりあいつの方が筆記は上だぞ」

そう言って轟は表情ひとつ変えずに爆豪を指差す。確かに筆記では爆豪が3位、轟は5位だ。

「……その選択肢はないでしょ」

私はあっさり断った。当たり前の答えである。

「私と爆豪の関係知ってるでしょ?あいつに教えてもらうくらいなら補習になった方がマシだよ」

私は口を尖らせて不機嫌そうに言った。考えただけでも胸くそ悪い。一度借りを作ってしまったら今後頭が上がらなくなってしまう。そんなことは許せなかった。

轟は椅子に寄りかかったまま、ポケットに手を突っ込んで正面をじっと見つめている。

「哀れに思わない?爆豪にあんな言われ方して……。轟、ほんと一生のお願いここで使わせて!」

私はついに彼の腕を鷲掴みにして目に涙を浮かべた。女の涙を武器にしたわけではない。泣き虫な私は補習を想像しただけでも泣きそうなのだ。

「俺に何のメリットもないだろ」

ぶれることのない信念は尊敬しよう。でも友達を助けようという気が起きないのかが疑問である。

「……わかった、いいこと考えた。」

少しの沈黙の後、私は口を開いた。

「轟って蕎麦、好きだよね?」

その発言に轟はやっと私を見た。私が次に何を言うのか、探るような目だ。唐突に出た『蕎麦』という単語に、あからさまに疑りの目を向けている。

「勉強見てくれたら私、轟の好きな蕎麦なんでも買ってくるよ!これならどう?」

じーっと目を見つめる彼は、頭でその報酬が釣り合うかどうか考えているのだろう。もしくは、この提案に裏があるのではと疑っているのかもしれない。しばらくの沈黙の後、彼はやっと口を開いた。

「……よし、1日30分までだ。さっさとテキスト出せ」

ついにやった。交渉が成立だ。以前、緑谷 出久(みどりや いずく)が趣味で作成している〈将来のためのヒーロー分析〉を読んだことが、ここにきて役に立った。本当に将来のためになったことに正直驚いたが、轟のページに『好きな食べ物:蕎麦』と書いてあったのを覚えていた。ありがとう緑谷、と心でお礼を言うと私はすぐさま再テストになった科目のテキストを取り出した。

「は?」

私が取り出した『ヒーロー歴史学』のテキストを目にして彼は更に呆れたような表情に変わった。

「英語とか数学じゃねぇの?こんなの暗記だろ」

そうはいっても私の再テスト科目はヒーロー歴史学。とにかく暗記ものが苦手な私はやる気をなくす轟をなだめながらもテキストを開く。

「えー、なになに?轟に勉強教えてもらう感じ?俺も混ぜて〜!」

そう言って割り込んできたのは上鳴だ。彼もまたヒーロー歴史学で赤点を取った仲間だった。1人増えたことに顔をしかめる轟だったが、ため息をついた後はしっかりとヒーローの歴史について説明をしてくれたのだった。



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時は戻り、今日がその再テストの日だ。

放課後の教室で私は轟と共に最後のおさらいをしていた。上鳴は勉強のしすぎでショートしてしまわぬようベランダで精神統一をしている。

「まもなく再テストを始める。該当者以外、さっさと帰れ。お前らは席について筆記用具だけ出せ」

呆れたような苛立った表情の消太さんが教室に入ってきた。目があうが、なんとなく申し訳なくて目を逸らしてしまう。赤点が決まった日の夜は本当に恐ろしかった。夕飯の記憶がほとんどないほどだ。

私は静かに鞄を手にして教室を出て行く轟を目で追ったのち、教室の最前列の席についた。美奈ちゃんと、瀬呂、ベランダから戻った上鳴も同じく席に着く。みんなの表情は強張っていた。

「まったく……4人も再テストとはな」

消太さんの気だるそうな低い声がさらに不安を掻き立てる。次がない、これが最後のチャンスだと自分を追い込むには丁度いいほどの威圧感だった。

およそ30分間の再テスト。私はこの3日間で詰め込んだすべての記憶を呼び覚まし試験に挑んだ。

「はい、やめー」

消太さんの声で一斉にペンを走らせる音が止んだ。

「ウエ……出来た……」

横を見ると、上鳴がショート寸前になっているのが見える。私はテストを提出し、誰と共に帰るでもなく出来栄えを共有するでもなく教室をあとにした。

夕日に照らされた廊下、静かにたたずむ下駄箱。その光景はなんだかやけに綺麗だ。私は靴を履き替え、校舎を出て歩き始めた。ふと視線を上げると、校門寄りかかって立つ轟の姿が目に入る。

「轟……」

彼は私の声に気づいて顔を上げた。

「どうだった?」

心配して待っていてくれたんだと、少し嬉しくなった。彼との距離感はいつも私の心を締め付けていたから。いつも一匹狼で誰とも連むことはしない、いつも孤独そうな視線を見ると昔の自分と重なって胸が苦しくなっていた。

「ちゃんと出来たよ」

私はニコリと笑って右手でピースを作り駆け寄った。

「ほんとかよ」

少し笑った顔は、今まで見ることのなかった優しい目をしていた。たった3日の出来事なのに、なんだかとても有意義で意味のある時間だったように感じた。まだまだ彼との心の距離は遠い。それでもこれからの学校生活のなかで少しずつでも近づきたいと密かに思っていた。



翌日の朝、返却された結果には『88点/合格』と表記され無事補習を間逃れることに成功した。他の3人も同じく、合格点に達していたようだ。

「轟のおかげだね、私も上鳴も。それで約束の蕎麦は何がいい?今度の休みにでも買ってくるよ」

合格したことで余裕が出た私は、今日1日ご機嫌で過ごせる気がした。心が晴れ晴れしていて、なんだかとても気持ちがいい。

「茶そば」

「え?」

茶そばたるものを知らない私は思わず聞き返してしまった。

「茶そば。京都の」

「は!?京都!?」

私は思わず席から立ち上がった。京都なんて行ったことがない。幼少期より消太さんと暮らしてきた私は、遠出をすることがほぼなかったのだ。どのくらい遠いのかもわからない。それでも轟がとんでもないことを言っているのは理解した。

「鏡見が何でも買ってくるって言ったんだろ」

そう言って彼はまた、いつもと変わりなく視線を逸らしたまま冷たく言い放った。



こうして私は無事補習を間逃れたものの、それと引き換えに大きな代償を背負うことになった。つい先程まで晴れ晴れしていた私の心は、いつの間にか暗雲のごとく曇り果てているのだった。




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