Book-short-

□夜更けの公園@
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お母さん、

どうして泣いているの?

痛いよ、そんな強く抱きしめたら。

どうして謝るの?

そんなに泣かないでよ。

ねぇ、お母さん。

これからどこへいくの?




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ここは私の部屋。古びた狭い部屋だ。

消太さんと暮らし始めてもう何回春を迎えただろう。今日も窓から桜の花びらが舞うのが見える。

ひとりベットの上で、天井の木目を眺めながら昔の記憶を思い出していた。



私は幼少期に特殊な幼稚園に通っていた。個性を持たない“無個性”の生徒のみが通える私立の幼稚園だ。

私の一族『鏡見家』は代々、無個性の人間として格式を重んじていた。今や世界総人口の8割の人間が個性を持つ時代、無個性の希少価値が上がりつつある世の中。無個性の由緒ある家系同士の“無個性婚”により、その血筋は何年も守られてきたのだった。

だが、私に個性が発現したことで一族が少しずつ狂い始めてしまった。

『無個性の一族から個性が発現した』
『もう無個性の一族とは言い難い』
『鏡見の血が穢れてしまった』

一族に様々な憶測と疑念、憎悪が生まれた。それでも私は「個性使用禁止」の言いつけのもと、ひっそりと学校に通い続けていた。

だが、子どもが約束を守り切れるだろうか。個性をうまく使いこなせていない状態で、毎日を隠しきれるだろうか。それは不可能だった。うまくコントロールが出来ず、驚いたり不意を突かれると思わず個性が発現してしまった。

世に事実が晒される前にと、一族は影のごとく散り散りになって身を隠す決断をした。ある日を境に、“鏡見一族”はメディアからも、街からも一斉に消えたのだった。

そして、私は知らない街に1人にされた。泣きながら抱きしめる母と、走り去っていく車。その風景を今も鮮明に覚えている。たくさん泣いた。不安で、怖くて、もう生きられないとも思った。

そんなとき、彼に出逢ったんだ。



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夜更けの公園。行く当てもなく泣きながら歩いていると、何かにぶつかって尻餅を着いた。

「痛い……」

悲しみと痛みでさらに涙が出てきたが、恐る恐る顔を上げぶつかったものを確認しようと潤んだ瞳を拭う。すると、鮮明になった視界の先に、暗闇に溶け込み街灯の光が不気味に照らされた男の顔が写り込んだのだった。

「ヒッ……!!」

失礼とかそうゆうことを考える余裕は全くなかった。見た目も視線も恐ろしく、関わってはいけないと瞬時に感じた。だが、頭と裏腹に驚いた衝撃で“個性”が出てしまっていた。私の個性は触れた者の『姿・声・個性』を瓜ふたつに〈模写〉するというものだ。

私は一度ぶつかっていたことをすっかり忘れていた。無意識に目の前にいる長髪、無精髭の不気味な男に姿が変わってしまったのだ。

「ほう……」

そう言うと、その男はまるで“面白い”とでも言いたそうな表情でジロジロと私の観察を始めたのだった。私の個性を見ても驚く素振りは一切ない。

「お前、こんな時間にここで何してる。これからどこへ行く気だ?」

ポケットに手を突っ込み、ニヤリとした口元が意味深だ。まだ恐怖は消えないが、気持ちが少し落ち着いた私は気づくと元の姿に戻っていた。

「行くところは、ありません……」

小さく呟いた。思い出すとまた涙が出てくる。ここがどこかもわからない。家に帰る道も知らなかった。行く当てはない。捨てられたのだから。

受け入れたくなかった事実が、言葉にしたことで結果的に再認識することになってしまった。

「そうか……ならうちに来い。居場所をやる」

そう言って彼は私の視線に合わせて少し体を屈ませ、頭をポンと撫でた。ちゃんとそのときのことを覚えている。その瞬間不気味な雰囲気は消え、大きく暖かい右手は私の頭をすっぽりと包んでいた。怖いという感情もなく、迷わず二つ返事で答えたのだった。



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今になってそのときの話をすることを、消太さんは大層嫌がる。照れくさいのだろう。

「放っといてヴィランになられても後々厄介だからな」

そう言ってはぐらかされてしまう。それでもいい。傍に居られるだけで私はいいのだ。この数年間、教えてもらった様々なこと。個性の使い方、ヴィランとヒーローの歴史、基礎戦闘力の修行、合理的判断の仕方。その1つ1つが彼に対する感謝の軌跡なのだ。




私の1日は毎朝消太さんに触れることで始まる。今日もいつものように彼を〈模写〉し、桜が舞う先へ飛び出していくのだった。

ああ、今日も晴天だ。





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