Book-short-
□パーリーピーポー
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「ここが右……いや、左だっけ……」
私は道の真ん中で地図を眺め、立ち尽くしていた。今、私はプレゼント・マイク先生の家に向かっているところだ。
それはなぜか。先ほど家にかかってきた電話がきっかけだ。
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プルルルルルル…………
プルルルルルル…………
古びた部屋の静寂を掻き消すように鳴り続ける着信音。私は部屋の隅にある電話に向かってのそのそと近づき受話器を取った。
「グッドイブニ〜ングッ!」
ガチャ。
嫌な予感がして私は思わず耳に当てていた受話器を元々あった位置へ戻してしまった。相手との繋がりが切断されたのが分かる。
プルルルルルル…………
プルルルルルル…………
すぐさま鳴り始めた着信音に私の嫌な予感は再度込み上げていた。
「はい」
「オイオイッ!通話1秒で切るってあんまりだろ!」
聞き覚えのある特徴的な声。プレゼント・マイク先生だ。機械を通して聴くと、それはまるでラジオのリスナーになった気持ちにならなくもない。
「どちら様ですか」
私はわざと淡々と、そっけない言い方をした。
「プ・レ・ゼ・ン・ト・マ・イ・ク!わかってるだろが!」
私は受話器を持ったまま無言で聞いていた。どうせ消太さんに用があったんだだろうが、あいにく今は外出している。
「鏡見、今から俺んちこいよ!」
「……え?」
あまりに直球な誘いに私は思わず顔を蒼白させ引いていた。先生が生徒に言っていいセリフではない。
「失礼します」
私は冷たく言い放つと受話器を耳から離し、また電話を切ろうとした。
「あー!違う違う違う!言い方悪かった!誤解だって!イレイザーヘッドもこっちいるぜ!」
受話器から漏れたその言葉に、私はピタリと手を止めた。念のため切らずに耳へと戻してみる。
「消太さん、そこにいるんですか?」
「いるぜ!なぁイレイザーヘッド!………おい!反応しろよ怪しまれるだろ!」
それに返答する声は聞こえない。私は疑いの念を消さずに無言で待っていた。
「……ったく。鏡子か?悪いな、ちょっと来てやってくれ。いくら言っても聞かねぇ」
面倒くさそうに言う消太さんの声を聞き、私はプレゼント・マイク先生が言っていたことをやっと信じることができたのだった。
「そうゆうこと!いいか、今から道を言うからメモしろライティング!イェー!」
私はプレゼント・マイク先生の耳に響く声を聞きながら、渋々手元にあったメモパッドに地図を書いていった。
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そんなこんなで私がこの状況にあるというわけだ。
「おっかしいな……このあたりのはずなんだけど」
私は自作の地図をぐるぐると回し、自分が来た道とこれから行く道を確認していた。要は、また迷ってしまったのだ。帰るに帰れない道のり、そして私は致命的にも携帯電話を持っていなかった。
この時代に携帯電話を持たない者は、無個性の比率より少ないだろう。だが、特に興味が湧かない私は未だにそれを持ち合わせていなかった。
「鏡見さん?」
薄暗くなった通りで佇む私に、1人の女性が声をかけた。
「ミッドナイト先生!」
目の前に現れたミッドナイト先生に思わず笑顔で近づく。
「こんなところで何してるの?」
不思議そうに言うミッドナイト先生は、コスチューム装着時ほどの露出はない。ショートパンツから露わになった艶かしい足を除けば、実に普通だ。
「プレゼント・マイク先生の家に向かっていたんですが……迷ってしまって」
私は正直に自白した。揺るがない方向音痴は、どこに行っても治るものではなかった。
「マイクの家ならここだけど」
そう言ってミッドナイト先生が指差したのは、私の立つ横でまるでクラブのように派手に煌めく建物だった。
ピンポーン。
部屋の中でベルが鳴るのが聞こえる。話を聞いてみると、ミッドナイト先生もプレゼント・マイク先生に呼ばれてここに来たのだという。趣旨は分からないという点も同じだった。
ガチャ。
扉が開き、中からは消太さんが現れた。
「悪かったな、2人とも。とりあえず入ってくれ」
くたびれたロングTシャツを気だるげに着こなし、寝起きのようにボサボサの髪をそのままに消太さんは中へと案内した。
私は意外にも薄暗く静かな通路に違和感を感じていた。外観はあんなに派手だったから、中もDJミュージックがかかりっぱなしかと勝手にイメージしていたからだ。
私は突き当たりの扉を開き、さらに奥へと進んで行った。
「ハッピーバースデー鏡見!!イェ〜!」
突然付いた部屋の眩しい光とともにパンッ!!パンッ!!とクラッカーが弾ける音が鳴る。
私は突然の出来事にただ固まっていた。ゴチャゴチャとものの置かれた部屋には、プレゼント・マイク先生が座って満遍の笑みをこちらに向けている。
私の背後にいたミッドナイト先生に視線を向けても、私と同じようにただ驚いており、さらにその後ろに立つ消太さんは呆れ返った表情をしていた。
「オイオイ!リアクション薄いな!今日はハッピーなバースデーだろ!?テンションあげろよ!エビバディセイ!イェ〜!」
1人だけ異様なノリで騒いでいるプレゼント・マイク先生について行けていない一行はまだ部屋に一歩も足を踏み入れていない。
「鏡見さん、今日誕生日なの?」
やっとミッドナイト先生が口を開いた。
「ああ……そうですね……一応」
自分の誕生日にあまり執着していない私は、すっかりそのことを忘れていた。
「だからよせっつったろマイク」
消太さんは部屋に入ると床にあぐらをかいて座った。
「いやいや、今日が誕生日だって聞いて祝わないのがあるかよ!」
プレゼント・マイク先生は学校と何も変わらない素振りで消太さんとやり取りを繰り広げている。
「鏡見さん誕生日おめでとう!でも、マイク!誕生日会なら先に言いなさいよ!何もプレゼント用意して来なかったじゃない!」
ミッドナイト先生は少し慌てたように言った。
「それはイレイザーヘッドが言うなって……」
みんなに責められ困惑した表情のプレゼント・マイク先生が少しだけ可哀想にも思えてきていた。だが、そんなことより驚きが落ち着いた私には素直に嬉しいという感情が湧きあがっていた。
「ありがとうございます!」
私は笑顔で3人にお礼を言った。プレゼントなんて要らない。誕生日に“おめでとう”と言ってくれたことがとても嬉しかった。その後、プレゼント・マイク先生が注文していたピザを4人で食べ、最終電車の時刻に余裕を持って解散を果たしたのだった。
なんだかとても心が暖かい。誕生日にこんなに人に囲まれて食事するのは初めてかもしれない。学校以外で会うプレゼント・マイク先生とミッドナイト先生は、話していてもとても教育熱心であり自身の信念をしっかりと持った人だと伝わる。ほんの少しの時間を共にしただけなのに、2人の新たな一面が見られた気がした。
「悪かったな、わざわざ呼び出して」
夜道を歩いて帰る途中、消太さんは言った。横を走り去る車のライトに一瞬照らされる横顔は、不思議といつもより男らしく見える。
「いえ、とても素敵な日になりました。消太さんがプレゼント・マイク先生に言ってくれたんですよね?私の誕生日」
車道側を静かに歩く消太さんを見上げて私は微笑んだ。
「まぁな、何もしないって言ったらあいつが有り得ないって言い始めてこうなった」
消太さんは道の先を見つめたままぶっきら棒に言った。そしてそのまま視線を動かすことなく続ける。
「馬鹿なんだあいつは。何かあっても言うわけねぇっての」
その言葉の意味を私はすぐに理解は出来なかった。歩く足を止めた消太さんに、私も立ち止まり不思議そうに顔を見つめた。
「はいこれ」
消太さんの手には小さな一輪のバラの花が持たれていた。10cmほどの小さな小さなバラだ。
「鏡子、16歳の誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとな」
私の目からは花が見えなくなるほどの涙が溢れていた。消太さんが花って、しかもバラ一輪て、と言いたいことはたくさんあった。でも、そんなことはすぐに消え去るくらい嬉しかった。
花屋に入るなんて恥ずかしかっただろう。もしかしたら始めての経験ではなかろうか。私はそんな様子を想像し、一輪のバラを受け取ると消太さんの胸に飛び込んだ。
私は少しずつ大人に近づいていく。あっという間の15年間だった。間も無く日付が変わろうとしている夜更けの歩道を私は止まらない涙を拭いながら歩いて帰った。
家に到着すると、その一輪のバラの花を私の部屋にある小さな花瓶に生けた。美しくいられるのは数日かもしれないが、枯れるまではここで咲いていてくれと願いながら私は赤く彩った花びらに優しく触れたのだった。
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