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□雄英七不思議(其の壱)
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ここは体育館γ。通称“トレーニングの、台所、ランド”略して“TDL”だ。セメントス先生が考案したというこの場所で私たちは今、仮免試験に向けて圧縮訓練を行っている。

私を含め、A組のクラスメイト達は日々汗だくで必殺技を身に身につけようと必死に取り組んでいる。そのなかで時折与えられる休憩は、限られた時間で心身ともに休める貴重なものだ。しかし、困ったことにそんなときでも彼は相変わらずくだらない話を振ってくる。

「鏡見、雄英七不思議って知ってるか?」

上鳴はタオルで頬を流れる汗を拭いながら、ニヤリと笑って言った。彼がこの顔をするときはろくな話ではない。私は飲んでいたペットボトルの蓋を締めながら冷たく答えた。

「うーん、知らないけど興味もないかな」

それは心から思ったことだった。そしてあまり関わりたくない、というのが正直なところだ。だが、彼は全く怯むことなく私の耳元に顔を近づけると、周りに聞こえないように小さな声で言った。

「まぁそう言うなよ。なんでも鍛錬場αの前にある女子トイレには‥‥出るって噂だ」

このような噂話を彼から聞くことは初めてではない。いつもろくな話を持ちかけてこないためか、私は相手にする気すらおきていなかった。私は上鳴から顔を遠ざけると露骨に嫌がった表情を浮かべて言った。

「馬鹿馬鹿しい。怖い話とかそういう類のものは他でやってよ」

「ただの脅かしじゃねぇよ!鏡見、よくあの鍛錬場使うんだろ?これは忠告だ」

“学校の女子トイレ”という場所には昔から数多くの怖い話がある。“トイレの花子さん”なんて、まさにその代表と言えるだろう。手前から3番目のトイレにいる花子さんに中へ引き釣りこまれる、なんて聞いたらその場所を好んで使う人などいるはずがない。

不気味な女の子の声がするなんて話も聞いたことがあるが、ヒーローが幽霊ごときに怯えていていいわけがない。だから私は彼の忠告など特に気に留めずにいた。

それが失敗だった。



___________




その日の夕方、私は圧縮訓練を終えた足でそのまま鍛錬場αへと向かって行った。この流れは今日に限ったことではない。最近はいつもエクトプラズム先生に指導を受けた後にはここで自主鍛錬することが日課となっている。

ここは意外と穴場なのか、時間帯によってはいつも空いているのだ。徹鐡や切島と一緒に来ることもあるが、今日は私一人で課題の整理を気が済むまで行った。

そして気づけばあっという間にここに来てから2時間が経ち、日が落ちたことでだいぶ辺りは暗くなっていた。時間を忘れて集中し過ぎてしまったようだ。

あまりに根を詰めすぎると疲れが取れず倦怠感を翌日に持ち越したり、寝不足になる。私は今日はこのくらいにしよう、と心でつぶやきタオルで汗を拭うと辺りを片付けていった。

暫くして鍛錬場αを後にする際に私はお手洗いに足を進めていった。無意識に、この時は本当に何も考えていなかったのだ。

用を足し、いつも通りに手を洗う。こんな時間に学校のトイレに入るのは不気味と言われればそうかもしれないが、雄英高校の設備はどれも新しく小学校や中学校のそれとはあまりにかけ離れた雰囲気だ。だからだろう、上鳴の話などすっかり頭からは消え去っていた。その声を聞くまでは。

「ウフ‥‥ウフフフフFFFF‥‥‥」

不気味な女の子の声に私は洗っていた手をピタリと止めた。手前から3番目のトイレの中から声がする。聞き間違えなどではない。扉は閉まっているため中に誰がいるのかは見えないが、気づけば私は鏡越しのその扉から目が離せなくなっていた。

私は冷静を装いながら、心の中では自分に対して落ち着け落ち着け、と呼びかけていく。今更ながらに上鳴の忠告を思い出し、私はただ固まっていた。すると、その扉は追い討ちをかけるように私の心臓を止める勢いで開いた。

バン!!!

「いま少々お時間宜しいですか!?」

「うわァッ!!!!!‥‥って、は‥‥発目さん‥‥!?」

思わずらしくもないほどの大声をあげてしまったが、中から出てきた人物を目にしてすぐに我に返った。サポート科の発目さんだ。面識のある顔だったため、高鳴る心臓は次第に落ち着いていく。

「鏡見さんにピッタリのベイビーちゃんをお届けにあがりましたよ!」

こちらの事情など一切気にしない様子で発目さんはトイレから出ると、勢いよく距離を詰めてこちらに近づいてきた。

「なにしてるの、そんなところで‥‥」

「そりゃあ見ての通りの待ち伏せです!」

まだ動揺が治らない私の問いかけに対し、発目さんは当たり前のように答えた。紛らわしい、と思わず口に出してしまいそうになるところをグッと我慢し私は飽きれて小さなため息を漏らして言った。

「前も言ったけど捕縛武器を飛ばす装置は要らないよ」

以前、彼女から腕時計型の捕縛武器を勧められたことがある。瀬呂の〈テープ〉によく似た構造のものだ。その際にサポートアイテムは不要だとしっかり断ったはずだが、彼女はまだ発明を続けていたらしい。キラキラと目を輝かせて彼女は口を開いた。

「はい!もちろんそう言われると思いまして今回は別のピチピチ新作ベイビーちゃんです!」

「ピチピチ‥‥」

私はもう言葉を発することすら億劫に感じていた。これはもう、彼女の話を聞かないという選択肢は取れそうにない。体育祭でのトーナメント戦の最中に、対戦相手の飯田くんを差し置いてサポートアイテムの商品説明を行ったあの時の光景が頭をよぎる。私は半分諦めて彼女の話を聞き始めていた。

「これです!超激薄素材のハンドカバー!」

「ハンドカバー?」

渡されたのは手術で医者がつけるような手袋だ。とても軽く、見るからに生地が薄い。

「要は手袋です!鏡見さんは素手で触れたものは全部個性が発動しちゃうって聞きました。だから、手袋すればコントロール出来るのではないかと」

体を前のめりにして私に顔を近づけた発目さんは、キラキラとした瞳で自信満々に言った。どこからその情報を入手したのかはわからないが、それは確かな事実である。

地肌で触れたものは否応なしに〈模写〉してしまうのだが、服の上から触れた場合は私の意思で個性を発動出来るのだ。それは最大の弱点であり、今の私の課題でもある。

少しだけ興味が湧いてきた私は差し出されたその手袋を受け取り、手にはめながら言った。

「へぇ、なるほど。それはいいね」

いつサイズを測ったのかは知らないが、私の手の形にピッタリとはまっている。着け心地も悪くない。激薄の生地にも関わらず丈夫そうなところも良い。私は地肌と変わらない感覚にある手をマジマジと見つめて言った。

「発目さんてメカっぽいアイテム以外も作れるんだ?」

すると発目さんはサラリと受け流すように話を進めた。

「それはこれからお見せするメカの付属品ですからね。メインはこちらの“ギガ・インパクト”です!装着するだけで掌から強い衝撃波が出せるので肉弾戦が得意な鏡見さんにはうってつけかと!そのハンドカバーはこれをしっかり手にフィットさせるためのもので‥‥」

「ちょ‥‥ちょっと待って。いま私にメカを勧めようとしてる?」

戸惑う私をよそに彼女はどこから取り出したのかロボットの手のようなゴツイ形をしたメカを私の目の前に差し出していた。

やはり彼女はメカオタクだったようだ。パワーローダー先生のところへ行った際、たくさんのメカの山が積み重なっていたの思い出した。私はどんどんとこちらに近づいてくる発目さんと一定の距離を保ちながら言った。

「私はこのハンドカバーだけ借りたいんだけど」

「ならばどうぞこのギガ・インパクトと合わせてお使いください!差し上げます!」

話が噛み合っていない。ギガ・インパクトは要らないと言いたいことがまるで伝わっていないかのような反応だ。私は真面目な顔をして言った。

「ギガ・インパクトは要らない。サポートアイテムにばかり頼りたくないんだ、ごめん」

「ハンドカバーはいいのに、ですか?」

ごもっともな返しだが、私の中にも一応プライドというものがある。ただでさえ私は個性に恵まれていないため、通常はもはや無個性みたいなものだ。そんななかで唯一得意とする肉弾戦までアイテムに頼ってしまっては私という存在価値が見出せなくなってしまう気がする。

私が言葉に詰まっていると、発目さんは諦めたように私との距離を広げそれ以上無理に押し付けることなくメガ・インパクトを自身の腕の中に収めた。

「では今回はとりあえずハンドカバーだけ。サポートアイテムを使ってもらうきっかけ作りということで」

「ありがとう、発目さん」

意外と物分かりがいいようで安心した。無理強いされてはサポートアイテムにトラウマができてしまいそうだった。私は少し申し訳ない気持ちにも苛まれたため、話題を変えようと口を開いた。

「それにしても発目さん、本当にメカが好きなんだね」

すると、発目さんはキラキラと目を輝かせながら体を前のめりにして私に顔を近づけた。

「もちろんです!フォルムも性能も全てが愛おしい‥‥でもご要望があればメカに限らず何でも作りますよ!コスチュームのデザイン変更から改良までなんでも!」

「すごいね、熱量が」

正直、なかなか共感しづらいところではある。だが、彼女がいかに発明が好きで没頭しているかはしっかりと伝わってきていた。発目さんはどこか楽しそうに口を開いた。

「鏡見さんにはありますか?愛すべき何かが!私は全てのベイビーを愛しています。失敗作も含め全部!」

ここはトイレなのだが。私たちはこんなにも狭く薄汚れた場所で、テーマとしては相応しくない“愛すべきもの”について話を始めたのだった。

「唐突だね。愛すべき何か‥‥かぁ」

私は発目さんの勢いに押されながらも考える素振りを見せた。考えても考えても、彼女のように没頭しているものは私には思い当たらない。私には趣味も特技もないのだ。言葉に詰まっていると発目さんは大きな目をキラキラと輝かせて言った。

「そうです!愛すべきモノの存在って生きる上でとても大切ですよ!そのために費やした時間、労力、情熱すべてが更なる活力になる‥‥もっと素晴らしいベイビーちゃんを生み出さねばと生きる糧になり得ます!」

「更なる活力‥‥それならあるかな、私にも愛すべき何かってやつ」

彼女の言葉を聞いて私の頭にはしっかりと思い浮かぶ顔があった。私の回答に興味を示した発目さんはまた体を前のめりにして尋ねた。

「おお!それは果たして?」

「‥‥‥家族」

予想外の答えだったのか発目さんはピタリと固まり声を失っていた。彼女が期待するような答えではなかったようだ。だが、彼女なりに気を使ったのか私にさらに質問をした。

「ほほう、ご両親ですか?」

「それは内緒」

彼女の問いに対し私はそれ以上の発言は控えることにした。消太さんの名前を出すつもりは更々なかったが、名前を伏せたところでこの関係性を理解できるとも思えない。

突然話を打ち切られ“えっ”と思わず呆気に取られたような声を上げた発目さんだったが、特にその後しつこく詮索するようなことはしなかった。

そしてまた突然何か閃いたように目を輝かせると凄まじい勢いで走りだしたのだった。

「あ!なんだかいいベイビーが生まれる予感‥‥私、もう行きますね!また何かいいもの出来たら持ってきます!」

随分急だな、と心の中で突っ込みながらも私は去っていく発目さんの背中にヒラヒラと手を振って言った。

「次は普通に会いにきてね」

ビュンッと音が出そうなほど勢いよくトイレを後にした発目さんは私が続けて廊下に出た時には姿が見えなくなっていた。



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翌日、私はアライアンスのロビーで上鳴に会った際にその出来事の話をした。雄英七不思議なんて嘘じゃないかと言ってやりたかったのだ。しかし、上鳴から帰ってきた言葉は私を苛立たせるには十分すぎる一言だった。

「な?俺のいった通りだったろ?」

「上鳴‥‥発目さんが待ち伏せしてるって知ってたんだね?もう!」

彼にとっては軽い冗談のつもりだったのだろう。そんなことに対して本気で怒るのも馬鹿らしいことはわかっている。だが、笑って受け流せるほど私は心の広い人間ではなかった。

私はこの苛立ちを吐き出すように彼を強めに小突いた。イテッという彼の声がアライアンスのロビーに大きく響いたことはその場にいた私しか知らない。

とはいえ、上鳴を心から恨んだわけではない。この一件は彼女をよく知れたいい機会となったのだから。彼女からもらったサポートアイテムは今後も重宝しそうだ。彼女にはこれからもお世話になるだろう。

だが、それからというもの彼女は度々いろんな場所から現れては私にサポートアイテムを勧めてくるようになった。木の影はおろかごみ箱やロッカー、ひどい時には鍛錬場のベンチの下から這い出てくることもあった。トイレで待ち伏せされたときより驚かされることばかりだ。

あの日以降、どこにいても発目さんがいるのではと勘繰ってしまい、変な緊張で余計に疲弊しているのが最近の私の悩みである。


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