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□Ms.ジョークの公開プロポーズ
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人には“相性”というものがある。それは人間関係を構築するためにとても大切な要素となる。

たとえば私は消太さんとの相性が良い。消太さん自体が個性的なため多少の好き嫌いは違うが、基本的な感覚・思考は似ているため阿吽の呼吸で相手の考えていることが読み取れるのだ。何より一緒にいて最も落ち着く存在であることも理由の1つに挙げられるだろう。

逆に相性が悪いのは爆豪である。何もかもが相対的である彼とは接する度にいつも意見がぶつかり合い、決して気持ちが交わることはない。彼との時間は私に精神的苦痛を与えるほどだ。

しかし、さすがにこのような相手は少数派である。もともと人間関係は広くない私だが、相性が悪いと感じる相手はそう多くはなかった。

それなのに、だ。数少ない人脈の中で爆豪に匹敵するほどの相性の悪さを持ち合わせている人物がもう1人いる。

これはその人物との出会いの話。思い出すだけで気分が悪くなるような、とある一日の出来事をどうか聞いてほしい。





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今は雄英高校で教師をしている消太さんも私が出会った時はまだプロヒーローとして活動し、小規模ながら事務所にも所属していた。

私は学校が終わると、よく消太さんが所属するヒーロー事務所に足を運び彼の帰りを待っていた。学校に残っていても放課後を共に過ごす友人などいないから、というのはあまり自分の口からは言いたくない。だが、それは事実だ。学校にいるくらいなら、消太さんの仕事場にいた方が学ぶべきことは多い。そんな理由で私は今日も事務所へと足を運んでいた。

事務所の入り口は案外厳重にセキュリティが組まれており、登録された顔認証と暗証番号の入力により中へ入ることが出来る。私はいつものように朝からずっと〈模写〉し続けていた消太さんの姿に変貌すると、慣れた手つきで入り口のロックを解除した。

「あれ‥‥‥誰もいない」

扉をあけて顔を覗かせても、そこには人の気配はなかった。消太さんの姿もなく、薄暗い室内はより一層光を失っている。

あまりパッとしないこの事務所は消太さんの性格に合っているように思う。まるでヴィランの隠れ家のように薄暗い室内、やけに静かな空間。私は消太さんとの生活によりそれらに慣れていたが、訪ねてくる依頼人は初めてその光景を目にすると不安そうな表情を浮かべることが多かった。

私はこの空気が嫌いじゃない。むしろ落ち着く程だ。私は吸い寄せられるように中へと入っていった。

「よいしょっと」

部屋の真ん中にあるソファにドカッと座ると暇を持て余した子供のように足をブラブラと動かし消太さんの帰りを待った。それから、そう時間は経っていない頃だろうか。この部屋に人が近づく話し声が聞こえてきた。低く気だるそうな声は消太さんのものだ。だが、それと同時に別の女性の声も聞こえてきていた。

「ぶは!イレイザー!ほらココ!白髪ある!」

「うるさい」

笑顔が素敵な見知らぬ女性とともに部屋に入って来た消太さんを目にして、なんとなく胸が騒つくのを感じていた。おかえりなさい、という言葉すら忘れて私はポカンと口を開けて2人を見つめていた。

「ん?なんだ?この子。あんたの隠し子か?」

「んなわけあるか」

その女性は消太さんをからかうように冗談を言ってみせた。消太さんはあまり気にする様子もなく受け流し、近くのテーブルにドサッと荷物を置いた。

私は直感でこの女性が嫌いだと感じた。二人の会話は完全に彼女が主導権を握っているようだ。その女性はまた大きく笑いながら消太さんの肩をポンポンと叩いて言った。

「はっは!またそんな無愛想振りまいて!笑えよイレイザー、結婚しよう!」

「けっ‥‥‥結婚?!」

私は彼女の冗談に我慢できず、思わず大きな声を出してしまっていた。ドキドキと胸が高鳴り、同時に嫉妬に似た苛立ちが込み上げてくる。消太さんはその様子に呆れるように、自身のこめかみをを抑えて言った。

「間に受けるなよ‥‥‥」

私はその女性に対する苛立ちを抑えようとしながらも、口を尖らせて睨みつけていく。その女性は大人の余裕というやつなのか、悪戯に笑いながら私に言った。

「お嬢ちゃんも笑わせてやろうか?人生楽しいぞ!」

その意味深な言葉に私は警戒心を強め、まるでヴィランでも見るかのような殺気立った目つきのまま答えた。

「結構です」

隙を見せず冷たく答えた私に消太さんは、自身の荷物の中を探りながら忠告するように言った。

「気をつけろ鏡子。彼女はMs.ジョーク、個性は〈爆笑〉だ。人を強制的に笑わせることが出来る」

その言い方と素振りはどうやら無関心というより、あまり関わらないようにしているようだ。私は一瞬にして消太さんへ姿を変え、警戒心むき出しに彼女の個性を〈抹消〉してみせた。

「ふーん‥‥‥それは嫌な個性ですね」

ボサボサの逆立つ髪が更に殺気を強めている。その一連の動きを目にしたMs.ジョークは目を大きく開げ呆気にとられた様子で言った。

「なっ‥‥‥なんちゅう個性だよそれ‥‥‥!」

〈模写〉を初めて見た人は皆、同じような反応を見せる。尊敬に似た眼差しではなく、どこか恐怖や不快に似た嫌なものを見る目だ。私はさらにこみ上げる苛立つ気持ちを必死に抑えていた。

「俺にも鏡子にも、その手の個性は一切効かない。わかったら出てってくれ、仕事が進まん」

私を宥めるつもりなのか消太さんも痺れを切らしたのか、Ms.ジョークとのやり取りを終わらせようとした消太さんを見て私は〈模写〉を解き自身の姿へと戻ってみせた。小さく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせていく。

すると、彼女はつまらないとでも言いたげに口を開いた。

「なんだよ釣れないなァ、せっかく良い情報を持って来たって言うのに」

「情報?」

その言葉に多少なりとも興味を示した消太さんはMs.ジョークへ視線を移した。先ほどのような悪戯な笑みは続いているものの、ふざけた様子はなく真面目な眼差しを送っている。彼女はポケットから一枚の写真を取り出しヒラヒラとさせてみせた。

「この男のこと、追ってるんだろ?」

遠くてよく見えないが、人の写真らしきものをチラつかせている。すると、突如顔色を変えた消太さんは先程とは打って変わってMs.ジョークに歩み寄りその写真を手に取った。

「応接室を開ける。来い」

「密談てか!嫌いじゃないぜ!」

消太さんは再度ふざけた様子で楽しそうにしているMs.ジョークの手首をグッと掴むと、そのまま彼女を引っ張るようにスタスタと隣の部屋に向かって歩いていってしまった。

一体なんだというのか。訳も分からないまま置いてけぼりにされる私はその後ろ姿に向かって呼びかけた。

「消太さん‥‥‥!」

しかし消太さんは足を止め、チラリと振り返ると私を制止するように強張った顔のまま言った。

「鏡子はここに居てくれ」

あの目は本気だ。いくら私も同席させて欲しいと懇願しても通る話ではないようだ。私はそれ以上言い寄ることはせず不貞腐れたように口を膨らませてその場で足を止まらせた。

その後、Ms.ジョークと消太さんはしばらく密談をしたようだ。その間に私は待ちくたびれて事務所のソファでうたた寝をしてしまっていたため、はっきりとした時間は覚えていない。

「‥‥‥鏡子‥‥‥起きろ、鏡子」

「‥‥‥う〜ん‥‥‥」

いくら揺さぶられても、ぼやけた視界が瞬時に晴れることはない。私は寝ぼけたようにゆっくりと顔を上げた。

「風邪引くぞ」

呆れたように言う消太さんに促され目をこすって周りを見ると薄暗い事務所の中には私と消太さんしか居なくなっていた。

「あれ?Ms.ジョークは‥‥‥?」

あんなにも煩いひとが1人いないだけで、静寂が生まれるのだと再認識する。

「あいつは帰った。動けるか?俺たちも帰ろう」

「はぁい‥‥‥」

眠い目をこすりながら私は答えた。そしてすっかり忘れていたこと、先程までの出来事を思い出して私は顔を上げた。

「消太さん、誰かを追っているんですか?」

「ちょっとな。まァ鏡子は何も気にしなくていい。大人の話だ」

寝癖で乱れた私の髪を、消太さんは優しく手で直しながら言った。この感覚はなんだろう。とても安心するようで、そうじゃない。まだ何かが胸につっかえたような違和感が私には残っていた。

「無茶はしないでくださいね、消太さん」

「‥‥‥ああ、わかってる」

消太さんは私をじっと見つめてそう簡潔に答えた。そして自身の荷物を纏めると、そのまま私に背を向け出口に向かって歩き出した。

「帰るぞ」

「はい!‥‥‥って、あれ?消太さん。背中に何かついてます」

消太さんの大きな背中にヒラヒラと靡く白い紙に気づいた私は、そう指摘をして駆け寄った。消太さんはとても冷静に自身の背中に手を伸ばすと、セロハンテープで雑に貼られたその紙を鷲掴みにし剥がしてみせた。紙にはでかでかと“笑”と書かれている。ただそれだけだった。

「アイツ‥‥‥」

消太さんは苛立っているような呆れているような、とにかく不機嫌さ前面に出した表情で言った。眉間にしわを寄せ、手に持った紙がシワシワに握られていく。こんな悪ふざけをするのは1人しかいない。先程のMs.ジョークの仕業だろう。

「まんまとやられましたね」

「何1つとして面白くないな、これ」

チッと舌打ちをした消太さんは気だるそうに歩き出し、出口にあったゴミ箱に叩きつけるようにそれを捨てて事務所を後にした。

私はその時、子供ながらにして気を使ったのだろう。消太さんの苛立ちを落ち着かせなければと話題を変えて歩み寄っていった。

「そうだ、消太さん!今日は護身術を教えてください!こう、交わして投げ飛ばすみたいな!」

「ああ、じゃあいつもの公園に寄って帰るか」

まるでお父さんに甘える子供のように、いや兄とはしゃぐ妹のように消太さんの大きな手に私の小さな手を潜り込ませていった。当たり前に繋がった手の温もりは、私に安心感を与えていく。

消太さんと二人で歩く帰り道では沈黙も一切苦にはならない。むしろ、Ms.ジョークのような人間が常に近くにいることの方が性に合わない気さえもする。これが相性だ。

今日もいつもの公園で日が暮れるまで鍛錬を見てもらおう。いつか消太さんを守れるくらいに強くなって、立派なプロヒーローになる。そんな私の夢を叶えるために。




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