Book-short-
□熱血ボーイ鈍感ガール
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私は夜更かしがあまり好きではない。
不健康だから、というのも1つの理由だ。しかし夜がふけるにつれ静かに流れる空気や時間がやけに私に色々なことを考えさせるのだ。普段、考えもしないような過去、現在、未来に対してのこと。それが頭に浮かんでくる。それが嫌で私はあまり夜更かしをしない。
だがハイツアライアンスに住み始めてからというもの、金曜日の夜は1階にある談話室でクラスメイトのみんなと夜更かしをすることが増えていた。消灯時間が定められていないことをいいことに、眠くなるまで他愛もない話をして過ごすのだ。そして今夜もいつものように談話室には続々と人が集まってきていた。
「うぃーす!おつかれー」
金曜日の夜更かしは皆勤賞であろう上鳴がTシャツに短パンというラフな部屋着のまま男子寮側からこちらに歩いて来た。後ろからは切島と瀬呂が続いている。
「今日も疲れたなァ。相澤先生容赦ねー!」
「やっと週末って感じね。長い1週間だったわ」
切島と梅雨ちゃんも1週間を終えた開放感からかソファーに寄りかかるよう深く座っている。笑顔のなかにも疲れがにじみ出ている。その隣では上鳴が缶ジュース片手にドカッと腰掛けた。
「あー、風呂あがりのファンタは五臓六腑に染み渡るぜェェ」
「オヤジかよ!てかそれジュースだろ!」
すかさず瀬呂が突っ込み、一気にその場は賑やかになっていく。みんなこれから始まる休日が嬉しくて仕方ないのだ。そんな様子を微笑ましく見守る中、影で峰田くんが怪しげに佇む様子が私の視界に入っていた。
「ハァァア、風呂上がりの女の匂い‥‥‥たまんねェェェ!」
思い切り引っ叩いてやりたいところではあるが、そこをぐっと抑え私はただ冷めた視線を彼に送っていた。峰田くんは相変わらず犯罪ギリギリのラインを突き進んでいる。呆れるように私は小さく溜息をついた。
「あれ?緑谷とか来ないの?」
「あいつァ自主練だと!なんか必殺技のネタが閃いたらしくてブツブツ言いながら出て行ったぜ!」
私の問いかけに対し答えた切島は、親指で外を指し示しながら答えた。こんな時間に中庭で鍛錬とは、彼もまた実に努力家である。私はふーん、と軽く相槌を打つと、その後特に気に止めることなくみんなの会話をただ無心で聞いていた。
私が自らの意思でここに足を運ぶことはない。外から聞こえる風の音や草木の香りを感じながら静かに過ごす夜が好きだからだ。だが、決まってお茶子や梅雨ちゃんが部屋まで迎えにくるのだ。今夜も渋々ながらここに顔を出している。
ちなみに爆豪がここに参加しているところを私は一度も見たことがない。平日の夜、お風呂あがりにここを通った際には切島や瀬呂達とここで話しているのを見かけたことがあるが、金曜の夜は決まってここには現れなかった。彼らしいといったら彼らしい行動と言える。
「そんなら今夜は女子のが多いし、恋バナでもしちゃう?」
「「イイねー!」」
上鳴が唐突に言い始めたその提案にノリノリで答えた葉隠さんと芦戸さんは既にどこか楽しそうだ。あまり興味の湧かない話題に、私はソファに深く座ったままボーッと聞いていた。すると上鳴は、突飛とも言える発言を展開していった。
「んじゃさ、麗日的にクラスで一番のタイプは誰なん?」
「えっ!あ、あたし!?」
お茶子は明らかにドギマギした様子で焦りをあらわにした。分かり易すぎる、その場にいた誰もがそう思った。瀬呂もその反応が面白かったのかニヤニヤと悪戯に笑って問いただしていく。
「え?なにその反応!」
「緑谷とか?飯田とか?一緒にいること多いよねぇ!」
葉隠さんも核心を突くかのように質問を続けて行くが、それに対してお茶子は顔を赤らめながらも手をブンブンと降って否定をした。
「い、いやいやいやいや!そういうのと違うよ!デクくんと飯田くんは入学したときからの友達で‥‥‥」
それにしても彼女は実に嘘が下手である。幸いここに緑谷も飯田くんも来ていない。だが、この反応をみれば誰もがお茶子の恋心を察することが出来るだろう。
「照れてる照れてる!図星かァ!?」
「ち、違うから本当に‥‥‥!」
芦戸さんは諦めることなくさらに追求していく。お茶子はついに顔を両手で覆いながら個性〈無重力-ゼログラビティ-〉で自身を浮かせ、逃げるようにフワッと天井に近づいていった。だが、みんなは恥ずかしがるその様子が楽しくて仕方ないようだ。ついには耳郎さんまでもが詮索を始めている。
「誰ー!?どっち!?ゲロッちまいな?自白した方が罪軽くなるんだよ」
あんな反応をされて意地悪をしたくなってしまう気持ちもわからなくはない。頬を赤らめる様子はとても可愛らしいのだから。だが、それでも私は無関心の話題に対し制止するように言った。
「無理に詮索するのは良くないよ。その辺にしといたら?」
お茶子がここで身を削る必要はないのだ。誰を好きでも構わない。それはその人の自由なのだから。そんな素敵な気持ちを周りがとやかく言う筋合いはないだろう。すると、私と同じくずっと黙ってやり取りを見ていた八百万さんもこの話を切り上げるよう促した。
「ええ、鏡見さんの言う通りですわ。もうこんな時間です。そろそろオヤスミしましょう」
その場が少しだけ白けるのがわかった。しかし、芦戸さんはこのままこの話が終わってしまうことには納得がいかないようだ。諦めることなく駄々をこねている。
「えぇー!やだもっと聞きたいー!何でもない話でも強引に恋愛に結びつけたいー!」
そう言って話題を変えない彼女に、私は小さくため息をついた。ただ茶化したいだけなのだろう。私は上鳴に何とかするよう声を出さずに表情で訴えた。意外と察しのいい彼は、私の表情から何かを読み取ったようで、小さく頷いたのち話題を変えるように頭を掻きながら言った。
「しゃーねぇなァ。んじゃさ、切島はどうなん?」
「え!なんでいきなり俺?!」
なんで、は私も同感だった。この話を終わらせるつもりでいたのに、上鳴にはうまく伝わらなかったようだ。彼は話題の中心をお茶子から切島へと転換させていった。お茶子同様にドギマギした様子をみせる切島だが、お茶子とは違い耳だけがやけに赤く染まっている。
「ただのタイプの話だろ!好きな人を言うわけじゃないんだからなに照れてんだよ!」
「男らしくねぇぞ切島ァ。それともガチで好きなヤツでもいんの!?」
瀬呂や上鳴からの攻めの言葉が相次ぐ。口籠もる切島は顔を引きつらせながらやっとの思いで口を開いた。
「お、おれァ‥‥‥!」
この手の話は一体誰が得をするのだろう。そう呆れていた私はつまらなそうに視線を落とし口を尖らせていた。痺れを切らした瀬呂は、意地悪く笑って言った。
「なんだ!?芦戸か!?おめーら同中だもんな!昔から分かり合った仲だもんなァ!」
「ち‥‥‥ちがっ‥‥‥!」
勝手に対象先を決めた瀬呂の言葉に動揺を見せる切島に対し、芦戸さんはキャッと一瞬嬉しそうな反応をしたのち冷静に答えた。
「アンタなかなか見る目あるねぇ!でもお断り!私は轟みたいな寡黙キャラが好みだから!」
喜んでいると見せかけて地に落とすような返答をした芦戸さんに私は少しだけ口元が緩んでしまっていた。上鳴もそのやり取りが面白かったらしく、吹き出しながら笑っている。
「ブッ!切島あっさり振られてやんの!だせェ!」
「だから俺は‥‥‥!」
切島の発言はみんなの笑いに掻き消されていった。どうやら否定をしたいようだが、それは許されない流れになっている。切島は腑に落ちない様子で頭を掻き“何でそうなるんだよ‥‥”と呟いた声が小さく聞こえた。
そして、みんなの笑い声の中に紛れて峰田くんが残した言葉に対し、私は聞き逃すことなくピシャリと返答を放った。
「ちなみに俺はここにいる女、全員がタイプだぜ!」
「誰も聞いてないよ」
私の冷たい言葉に彼はショックを受けたように肩を落としているが最近の言動は目に余るものがあるのだから仕方がない。私は特に気にも止めず視線を切島へと戻した。一通りの笑いが収まり、みんなもそれなりに満足したように見える。痺れを切らしたのか、八百万さんは本日2度目の制止を図って言った。
「皆さん、あんまり人をからかうのは‥‥‥この話はこれくらいにしましょう!」
確かに気づけば深夜をまわり、徐々に眠気が襲ってきている。みんなの視線も時計に集まり、やっと現状に気づいたようだ。
「お、おお!もうこんな時間なんだな!そろそろ解散すっかァ!」
切島はこの話題から離れる絶好のチャンスとばかりにこの話を切り上げようと声を張り上げた。上鳴も満足した様子でそれに便乗し、頬を触りながら言った。
「だな、夜更かしはお肌に悪いしな」
「お前か言うか?」
すかさず瀬呂が突っ込むが、女性にとってはあまりにも切実な話題だったことから、そのやり取りを見て笑う者は1人もいなかった。
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それからあっという間に夜も更け、談話室のテーブルの片付けが程なく終わると各々が部屋のある棟へと散って行った。おやすみ、と言って人が減るにつれ静かになるこの空間で私と梅雨ちゃんは最後の仕上げとしてテーブルを拭いていた。台拭きを濯ぎ、私たちも女子棟へ帰ろうと足を進めたそのときだった。
「鏡見!」
突然背後から名前を呼ばれて驚いた私は、体をビクンッと跳ねさせ振り返った。そこには切島が真面目な顔をして立っている。
「切島‥‥‥?なに?どうしたの?」
不意をつく呼びかけに私の胸はやけに高鳴っている。妙な間が緊張を掻き立て、唾を飲み込む音すら聞こえてしまいそうなほどの静かな時間が流れた。私はこちらをじっと見つめる切島の目をしっかりと捉えたまま彼の言葉の続きを待っていた。
「俺‥‥‥別に芦戸がタイプな訳じゃねェから!」
「‥‥‥へ?」
突然の言葉に理解が追いつかない私がいる。なぜ今それを?というのが正直な感想だ。否定するならば今ではなく先程のタイミングだろう。なぜ私を呼び止めてまで言ったのかわからない。だが、彼はそれだけを言い終えると満足したように小走りで男子寮へと去って行った。
「それだけ!おやすみ!」
「え?あ、うん。おやすみ‥‥‥」
私は呆気にとられたように力なく答えた。先ほどの話題に対し、私は訂正を要するほど反応を示していただろうか。なぜわざわざそんなことを言いに戻ってきたのか疑問でならない。去っていく切島の背中を見つめながら私は悶々とした気持ちから思わず独り言を呟いていた。
「何だったんだろう‥‥‥?」
その一連の様子を見ていた梅雨ちゃんはクスッと小さく笑いながら言った。
「ふふ。切島ちゃんて、意外と不器用なのね」
梅雨ちゃんの意味深な発言に我に帰った私は梅雨ちゃんに体を向け、迫るように問いただした。
「え?何?どういうこと?梅雨ちゃん何か知ってるの?!」
「何も知らないわ」
「えー?!」
私は悪戯に笑う梅雨ちゃんにせがむように部屋に戻るまでの道程を帰って行った。 結局、口を紡いだ梅雨ちゃんからは何も情報を得られないまま、私は渋々自身の部屋へと帰ることとなった。
モヤモヤとした気持ちを抱えたままの1人の夜。これだから夜更かしは嫌いなのだと、私は改めて確信した。
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