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□貴方にはすべてがお見通し
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晴天のある日の午後。入学以来、何度目かのヒーロー基礎学の授業がまもなく始まろうとしている。週に2度あるこの授業だが、みんなと同じく私も何より楽しみにしていた。この授業ではコスチュームを着ることもでき、なにより1番ヒーローらしい実践的な内容なのだ。

だが今日の私はいつもの程、高揚感を感じられずにいた。その理由はひとつ、体調がすこぶる悪いのが原因だ。実に情けない話である。

まるでヨーロッパにある大聖堂の鐘が頭の中で鳴っているかのように何かがガンガンと反響して響き、痛みも伴ってフラフラしている。体もどこか火照り、盤石の態勢ではないことは明らかだった。

病は気から、とよく言うがそれは嘘だと思う。いくら気持ちで健康を装っても、悲鳴をあげた体を騙すことはできない。熱でも測ろうものなら、現実を目の当たりにしてさらに気持ちが弱ってしまうだろう。だからとにかく今は気張るしかないのだ。

そうして本日の授業で集められた場所にはオールマイトが明るく元気に到着し、早速授業が始まった。

「今日はヴィランとの戦闘を極力避けながら人々を安全な場所まで誘導するという、まさにヒーローたる者なら一度は経験するであろう実践的な内容だ!よくある避難訓練てやつね!」

オールマイトがいつものように白い歯を見せてどこか楽しげにして言った。その声すらも私の頭には酷く響いて行く。

「今日のヒーロー基礎学は私と相澤くんの2名で見るぞ!じゃ、我々教師陣はヴィラン役ってことで、まずはそうだな……飯田少年、瀬呂少年、尾白少年、耳郎少女に、それから鏡見少女の5名がヒーロー役でいこう!他のみんなはとにかく逃げ惑うんだ!演技力が問われるぞ!」

ヒーロー役の5名以外のみんなは都会の街並みを再現したような演習場に散り散りになり、一般市民を想定してヴィランから逃げるという。私達は避難誘導と人命救助を優先させつつヴィランの捕縛のチャンスを伺わなければならない。これはヒーロー役のみんなとの連携が問われる演習になりそうだ。

「んじゃ、5分後に開始する。位置につけ」

消太さんの低く淡々とした声を聞き、私達はそれぞれが配置についた。全員が散り散りにばらけるのではなく、私と瀬呂の2人がヴィラン捕縛担当、飯田くんと尾白くんが人命救助及び避難誘導、そして耳郎さんが〈イヤホンジャック〉で全体の状況把握と指揮をとるという役割分担をしてそれぞれが3箇所に作戦通りの配置についた。

『みんな、位置についた?』

左耳につけたイヤホンからは耳郎さんの声が聞こえる。彼女は街の中心部から少し離れた見晴らしの良い場所で待機しているようだ。ヴィランに動きがあり次第、何かしらの指示を出すだろう。

『ああ、何か動きがあり次第すぐに指示をくれ』

ジジッという雑音とともに飯田くんの声も聞こえてきていた。もう間も無く開始の時間だ。集中しなければならない。すると、私の顔をジッと見つめていた瀬呂は耳郎さんの問いかけに応えることもなく私へ言った。

「鏡見、なんか顔赤くね?」

「そ、そう?気のせいだよ」

意外な鋭さを見せた瀬呂に気づかれないように咄嗟に誤魔化した私だったが、このとき既に足元はフラフラし始めていた。頭もボーッとしており、時折視界が曇ってみえている。

「じゃ、いくぞー!よーい、スタートォ!」

遠くから聞こえたオールマイトの声と同時に鳴った爆発音、そして逃げ惑う一般市民を演じるみんなの悲鳴が演習場の中心部から聞こえてきた。スタートと同時にド派手な爆発が起きたことで耳郎さんからの指示を得ずともヴィランの出没地点が特定出来てしまっていた。聞こえる悲鳴はリアルでならない。

瀬呂はスタートの合図を聞くなり個性〈テープ〉で機動力を発揮し次々にビルを飛び越えて行った。側面に掴まる場所が少ないこのビルが立ち並ぶ街並みでは屋上を伝っていくしか道はないようだ。私も捕縛武器で同じようにビルとビルを繋ぎ渡って行った。先ほどのスタートを知らせるオールマイトの声は、耳で捉えられる距離にはあったものの、彼はもちろん消太さんがどの場所に潜んでいるかは定かでない。私達は爆発により煙が立ち昇る場所から一定の距離を取り様子を伺った。

「どうする?正面突破するか?」

「ここは市街。とにかく被害を最小限に抑えなきゃ。ひとまず、あの煙が立ってる方向に向かおう」

私は働かない頭を必死に動かし今すべき最善を模索した。その作戦に乗った瀬呂はさらにヴィランのいる現場に近づくため〈テープ〉を伸ばしては先へと進んで行った。

私もそれに続くように捕縛武器を次々にビルの側面や屋上にあるパイプに伸ばして伝っていった。その時だった。手に力が入らなかった私は捕縛武器を掴みきれず、スルッと手を離してしまったのだ。ビルの上層部から勢いよく体が地面めがけて落ちて行く。

「わっ……!」

「鏡見!?」

落ちていく視界の中で、瀬呂の声が聞こえた。このままじゃマズイ、そう思った時だった。空に向かって伸ばしていた私の右手にどこからともなく現れた捕縛武器が巻きつき、地面に落ちることなく私の体をぶら下げたのだ。太陽の光が逆光になって見えづらいが、よく目を凝らすと上から消太さんが捕縛武器を垂らして見つめているのがわかった。

「やった!相澤先生、間一髪……!」

ビルの屋上から見下ろしている瀬呂の声も聞こえている。私の体がビルとビルの間でぶら下がったままゆっくりと地面に向かって降ろされていき、私が地に足をつけた時にはすぐさま目の前に消太さんが降り立った。そしてゆっくりと私に近づき、とても簡潔に私に言った。

「熱」

ドキッとあからさまに動揺する素振りをみせてしまった私だが、まだ熱など測ってはいない。私は正直に思った通りを答えた。

「ないです」

「嘘つけ。意識が朦朧としてるじゃねぇか」

強がりが消太さんに通用しないことはわかっていた。熱など測らずとも、もう表情に全てが出ていたのかもしれない。それでも私は往生際が悪いほどに強がりを続けていた。

「してません」

ヒーロー基礎学を受けたいのだ。時間は有限だと消太さんが口癖のように言っているではないか。私は無理してでもここに身を置くことを望んでいた。だが、消太さんは私のおでこに手を添え、しばらく私の目をじっと見つめると小さくため息をついた。そして振り返り私に背を向けると変わらず淡々とした声で言った。

「俺の目を誤魔化せると思うか?わかったら保健室で休んどけ」

黄色いゴーグルをつけ、演習に戻ろうとする消太さんの背中に向かって私は必死に言葉をぶつけていた。

「嫌です……!大丈夫……やれます!今のは少し集中力が欠けてしまっただけで……」

「どうせ明日には治るんだ、補習は別にやってやる。ヒーローたる者、体が基本」

そう言って消太さんはタンタンッと勢いよく軽快に壁を伝い、瀬呂の待つビルの屋上へ向かって行ってしまった。

「うわっきたァ!俺1人で相澤先生の捕縛は無理だって!」

瀬呂の焦る声がビルとビルの隙間に響く。だが、私は下唇を噛み締めたまま消太さんの後を追うことなく佇んでいた。

消太さんだって私が気づくまでずっとゼリー飲料の不健康な食生活をしていたではないか、という言葉が喉まで出そうになる。だが、それを懸命に堪え、私は仕方なく演習から離脱し保健室へと向かっていった。

渋々測った熱は39度近くあり、授業に出ている場合ではない状況にあったのだった。リカバリーガールに酷く叱られたのは言うまでも無い。

その日は結局、学校を早退することになってしまった。1人寂しく自分の部屋で眠りについた私は、熱の影響か消太さんが帰って来たことにも気づかないほど熟睡をしてしまった。その甲斐あってか、翌日にはすっかり熱も治り体は軽く元気になっていた。消太さんの予測もさる事ながら、自分の回復力にも感心するものがある。

そんなことを考えながらいつものように朝食の支度をしていると、何やら鼻を噛みながらフラフラと起きてきた消太さんに私は絶句した。

「おはよう」

「おはようござい……あれ?消太さん……もしかして……」

消太さんは虚ろな目でこちらをチラリと見るなり、少しだけばつが悪そうに視線を逸らして小さく咳をしたのだった。私は頑なに何も話さない消太さんに少しだけ悪戯に微笑みながら続けた。

「ヒーローたる者、なんでしたっけ」

「うるさい」

それだけ言うと、消太さんはドサッと椅子に腰掛け新聞を広げた。私はフフッと小さく吹き出しながらも玉子焼き用に溶いていた卵を調理台の隅に置くと、炊き終えたご飯を鍋に入れてお粥を作っていった。



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