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□峰田実の不敵な微笑み
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ある日の昼休み、峰田くんと上鳴は不敵な笑みを浮かべながら私に近づいてきた。こういう時はろくな話ではないことが圧倒的に多い。私は警戒心を強めながら、ジッと2人の動向を見つめていた。彼らは私の机の前で足を止め、上鳴は峰田くんの手元を指差しながら言った。

「なぁ、鏡見。この水晶が何なのか気にならねぇか」

峰田くんの小さな手のひらにはピカピカと怪しげな光沢で輝く水晶のような玉が置かれている。それが何なのか見当もつかないが、別段興味の湧く代物ではないことは確かだった。

「うん、別に興味ないね」

私は午後の授業の教科書を準備しながらそっけなく答えた。あまり関わらないほうがいい、何故かそう勘が働いたのだ。だが、そんな私の反応を予想していたかのように上鳴はそのまま話を続けていった。

「そうか。実はこれはな、2人で同時に触れると相性がわかる不思議な水晶なんだ」

「話聞いてた?興味ないよ、相性なんて」

私は全く興味の唆られない怪しげな玉をチラリと視界に捉えると、そのままリュックの中を無意味に漁っていった。

「さァ、掌をこの水晶に差し出すのだ!その力をしかと目に焼き付けるがいい!」

「聞いてよ、人の話」

上鳴の勢いに乗っかるように峰田くんも私との距離を更に詰め、目の前に水晶をかざして来た。正直、鬱陶しい。こんなにも興味がないことを露わにしていても、冷たくあしらっていても彼らには通じていないらしい。彼らが単に鉄の心を持ち合わせているからではない。上鳴の背中を押すようにその様子を面白がって眺めている輩が周りにはたくさんいたのだ。

「爆豪いけよ」

「いくかクソが!」

瀬呂のにやけた顔を視界に捉え、私にも多少の苛立ちが込み上げていた。爆豪の鋭い視線と殺気を受けたことで瀬呂の表情は引き攣っている。自業自得だと半分哀れに思いながら、私は不機嫌そうに口を少し尖らせていた。そんな鬼のような形相の爆豪から逃れるように瀬呂は標的を緑谷に変え口を開いた。

「じゃ、じゃあ緑谷いってみろよ!」

「えっ……えぇ!?ぼ……僕!?やだよ、なんか胡散臭いし……」

あからさまに嫌がる緑谷を実験台として差し出す瀬呂の悪ふざけは過ぎている。不安を滲ませたその表情に同情すら湧いて来たときだった。拒否する体とは裏腹にトンッと押された緑谷がフラフラと倒れ込み、よそ見をしていた峰田くんにぶつかったのだ。峰田くんの手のひらからは怪しげに光る水晶が離れ、ゆっくりと宙を舞っていく。

「ああ!オイラの水晶……!」

「ちょ……!」

私は条件反射で地面に落ちる直前に左手でそれを受け止めていた。ドサッと音を立てて床に倒れこむ。シンと静まり返る教室の中で、みんなの心配する眼差しが私へ注がれていた。だが、その中で上鳴と峰田くんだけばこの場にそぐわないほど不自然な笑みを浮かべていることに気がついた。そしてもう1つ。手のひらに納められた水晶が、本当の水晶ではないことを私は察したのだ。

「峰田くん……これって……」

私はフツフツと湧き上がる怒りを抑えながら、ゆっくりと視線を峰田くんと上鳴へ向けていった。グミのように弾力のあるそれは、間違いなく峰田くんの個性〈もぎもぎ〉から生まれたものだ。表面に何かを塗って色を偽り光沢を出したのだろう。私の手から離れようとしないその物体は、完全に張り付いたままプニプニと揺らいでいる。

そんな私に、不可抗力により更なる災が降り注いだのであった。

「大丈夫か?鏡見」

派手に倒れた私にその場にいた誰もが言葉を失っていたなか、たまたま教室へ戻ってきた轟が倒れたままでいる私に近づき手を差し出したのだった。

「轟ダメ……!」

私が慌てて声を上げた時には既に遅かった。轟は私の腕を引いて立たせるとともに、私の手にへばりついた物体を右手で掴んでしまったのだ。

「なっ……んだこれ」

気味が悪そうに顔をしかめる轟だが、残念ながらもう手遅れだ。私の左手とともにその物体は轟の右手に吸い付くようにくっ付いてしまっていた。

「……〈もぎもぎ〉か」

轟はすぐに察し、呆れたように溜息をついた。冷静にしてはいるが、正直なところ笑い事ではない。峰田くんの個性〈もぎもぎ〉は峰田くんにはくっつかないものの、他の人には一度引っ付くと離れることはない。峰田くんのコンディションにもよるようだが、長ければ1日はくっ付いていられると以前聞いたことがある。

「峰田くん、これどうするつもり?」

「やべぇじゃん、くっついたら離れねぇんだろお前の個性」

私の鋭い視線とともに発した冷たい言葉と、瀬呂の焦らせるような言葉を受けてあからさまに慌てた様子を見せる峰田くんは冷や汗を垂らしながら必死に弁解して行く。

「これは上鳴が考えたんだ!オイラじゃ誰ともくっ付けないから何も楽しくねぇって言ったのに!」

そんなことを言ってはいるが、何の言い訳にもなっていない。まるで轟のポジションに自分もなりたかったとでも言っているようだ。

「で、でも大丈夫!オイラ今日ちょっとお腹痛いし、きっとすぐ離れるから……!」

「午後も授業あるのにこの状態でいろって言うの?無理に決まってるでしょ!」

なんとかその場を取り繕うとしているのがバレバレだ。校内での無用な個性の使用は禁止されている。見つかれば大目玉を食らうことは目に見えていた私は鋭い視線を向けたまま厳しく言った。そんなやりとりを見かねてか、宥めるように瀬呂は口を開いた。

「じゃあ、力ずくで離すしかないよな」

「砂藤!障子!」

峰田くんは瀬呂の案に即座に乗っかった。助け舟が出たと嬉しそうだ。教室の端であまり関わらないよう距離を取っていた砂藤くんと障子はギクリと体を跳ねさせ戸惑っているようだが、クラスの中でも体が大きく力がありそうな2人が選抜されたことには納得がいく。心の優しい彼らは嫌々ながらもこちらに足を進めてきてくれた。

「いくぞ、障子。せーのっ……!」

「痛い痛い痛い!!!」

そんな優しい心を持ち合わせた彼らの力は思いのほか強く、その場には私の叫び声だけが虚しく響いた。肌がちぎれる、いや手首がもげるという表現の方が正しいだろうか。轟も痛かっただろうに相変わらず冷静でいて、少しだけ苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「ダメか……」

ガックリとうなだれるのは私と轟だけで十分だ。悪ふざけの張本人、峰田くんと上鳴が視線を落とすのは反応として間違ってはいないか。苛立ちを抑えながら私がそう思っていると、今度は横で見ていた緑谷が何やらブツブツと呟きながら閃いたように言った。

「轟くんの炎で燃やしてみるとか?鏡見さんは轟くんを〈模写〉して自分の腕凍らせておいてさ!」」

〈もぎもぎ〉の被害はないにせよ緑谷もこの悪戯に巻き込まれそうになった人物の1人だ。口元に手を添え、一生懸命に考えてくれている。だが、その案も残念ながらいいものとは言えなかった。

「うわっ何かヤベェ臭いが……!」

「消せ消せ!この臭い体に毒だろ絶対!」

〈もぎもぎ〉を燃やしてみると、それは黒紫の煙を放ち同時に鼻をつく臭いが放たれた。多少萎んだようにも見えるが、瀬呂の言う通りこの煙はあまり吸い込まない方がよさそうだ。

「参ったな、授業始まるぜ?個性使ったことバレたらやべぇよ……仕方ないから、ひとまず俺らは席に着くか」

「ちょっと……!これどうするの……!?」

気づけば予鈴は鳴り始めていた。みんなはこちらを気にしつつも、ゆっくりとその場から散りそれぞれの席へと着いていった。実に薄情である。

ガラガラッ

「さァ席に着きなさい!近代ヒーロー美術史、始めるわよ……ってあれ?轟くんと鏡見さん、なんで席付けてるの?」

勢いよく色気を放ちながら教室に入って来たのは18禁ヒーロー、ミッドナイト先生だ。豊満ボディを惜しみなく露わにしながら教壇に立つや否や、一番後ろの席でなぜか席を付けて座る私と轟に違和感を感じたのか不思議そうに尋ねた。

「えっと……すみません私が教科書忘れてしまって、今日は轟くんに見せてもらいます」

そう言った私の左手は机で隠れているものの今も轟の右手と〈もぎもぎ〉で繋がっている。こうやって乗り切るしか方法が浮かばなかったのだから仕方ない。私達はそうやって次の授業も、その次の授業も同じ手口でやり過ごしていった。

実際に忘れ物をしたわけでもないのに、したフリをしなければならない私も辛いが轟も慣れない左手でノートを取らなければならないのは大変だったことだろう。そんな私達の努力もあり、夕方のホームルームが始まる前には〈もぎもぎ〉の粘着性はなくなり呆気なく手から剥がれ落ちたのだった。

「あ!やった……!離れた!」

「案外短かったな……4時間てところか」

やっと離れることができたと言うのに、轟は冷静に分析するような反応を見せていた。長い長い時間が経過したように感じる。不自由すぎるその時間で負った代償は大きかった。

ホームルームが始まるなり消太さんの機嫌が悪いことが明らかだった。既に私が忘れ物をしたという情報が伝わっていたようで、消太さんからは鋭い視線とともに“遊びに来てるんじゃねぇんだぞ、気を引き締め直せ”と厳しい言葉を頂戴することになったのだった。

そんな私が黙って帰るはずがなかった。峰田くんと上鳴への怒りを抑えきれず、背後から殺気を放ちながら近づき彼らの肩を鷲掴みにしたのは言うまでもない。

「峰田く〜ん、上鳴く〜ん。ちょっと屋上来れるかなァ?」

ギクッと体を跳ねさせた2人を見て顔を引きつらせるクラスメイト達を他所に、私は無抵抗なままズルズルと引きずられる彼らと共に教室を出て行った。





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