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□特製愛弟子弁当
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鳥がさえずる清々しい朝、私はいつもより少しだけ早く目を覚ました。ゆっくりと体を起き上がらせ、眠い目を擦ってぼやけた視界を晴らすと、時計の針は5時30分を指しているのがわかる。私はのそのそと動き出し、静かに朝の支度を始めていった。

卵を1つ小さなボールに割り入れ、菜箸で溶いていく。私はこの音が好きだった。料理を覚えたのはここ数年のことではあるが、こういった音はご飯を誰かのために作っているということを再認識し、喜びを感じさせてくれる。だからか、私はいつも白身が見えなくなるまで混ぜ続けてしまっていた。

今日は音に囚われる自分を自制し、混ぜるのを程々にすることに成功した。程よく混ぜた溶き卵へ出汁を加えると、サッとフライパンに流し込み、手早く巻いていった。あっという間に玉子焼きの完成だ。

こうして準備をしていると、少し遅れて消太さんが起きてきた。休み明けの月曜日だからか、一層気だるそうに朝を迎えている。少しずつ朝食を口に運ぶ姿はどこか不機嫌そうだ。まだシャワーを浴びていないその風貌は浮浪者そのもので、ボサボサの長い髪を1つに束ねてはいるものの、無精髭がやけにみすぼらしい。私は見慣れてしまって特に何とも思わないが、おそらく初見の人は彼が雄英の教師をしていると聞いたら驚愕するだろう。

そんなことを考えながら、私は台所でナフキンを広げ小さな箱を丁寧に包み込んでいた。朝食の並べられたテーブルの端に何も言わずにそれを置くと案の定、消太さんの視線はゆっくりとそちらへ移っていった。

「なんだ、これ」

もぐもぐと米を噛みながら消太さんは尋ねた。全く見当がついていない様子だ。だから私は敢えて当たり前のように答えてみせた。

「何って、お弁当ですよ」

そう言って背を向けると反応を待たずに台所へ戻り、洗い物に取り掛かる。もちろん私だって今日は学校があるのだ。のんびりはしていられない。

「いつもゼリーばかりじゃ体に悪いです。お昼もちゃんと食べないと」

ほとんどの身支度は終えているとはいえ、この後には消太さんが済ませた食事の洗い物が残っている。私はまるで家政婦のようにテキパキと動いていた。そんな私に消太さんは箸を止めて少し考えた様子をみせた後に言った。

「気持ちは嬉しいが……弁当なんて持っていったらマイクに何言われるか」

「放っておけばいいんです、言わせておけば」

消太さんが不安に思い、そう私に言うであろうことは既に想像していた。私も作りながら同じことを考えていたのだから。




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「おいおいイレイザーヘッド!なんだよそれ愛妻弁当……いや、愛弟子弁当かァ!?」

職員室でコソコソと食べる消太さんを目にしたプレゼント・マイク先生が、まるでスキャンダルをキャッチした芸能記者のように目を輝かせて近づいていく。

「すげぇ!!玉子焼き一個くれ!ん!うめぇ!」



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一通り想像し終えたのか、消太さんは顔を蒼白させていた。

「……どこで食えば」

「職員室でいいじゃないですか。コソコソするから逆に目立つんです」

珍しく弱気に見える消太さんの言葉を食い気味に遮り私は言った。普段から彼は合理性を追求し過ぎるあまり食事という時間を排除したがる。平日の昼間は短時間で摂取が可能となるスポーツゼリーを飲むことが日課となってしまっているが、それは健康の大きな阻害要因となっていることは間違いなかった。

消太さんは少し困惑した様子を見せていたが、それ以上は何も言わなかった。黒いカバンの奥深くに弁当箱を押し入れると、それをゆっくりと背負い家を出た。

昼休みになり、私はいつも通り食堂でランチラッシュの絶品和食料理に舌鼓していた。消太さんがどこでどうやってお弁当を食べるのか、この時の私の頭からは完全に消えてしまっていた。ああは言ったが、正直どこでどう食べてもいいと思った。もっと言えば、無理してまで食べる必要はないとまで思っている。嫌なら残して持ち帰るだろうと。

だが、その予想は違っていたようだ。

夕方になり、校舎から人の気配が減ってきた頃。私は梅雨ちゃんと下駄箱に向かうため階段を降りていた。前からプレゼント・マイク先生が登ってくるのが見え、私と梅雨ちゃんはペコリと頭を軽く下げた。端に寄りながら降り続ける私とのすれ違いざまに、プレゼント・マイク先生は柄にもなく小さな声で耳打ちをするかのように呟いた。

「あいつ食ってたぜ。職員室でコソコソな!」

梅雨ちゃんにはその声が届かなかったらしい。足を止めることなく、そのまま階段を降りていく。私は止まった足をそのままに、体を振り向かせてプレゼント・マイク先生の背中を見つめていた。ヒラヒラと手を振りながら踊り場を曲がって見えなくなったのを見つめながら、私は思った。今朝の勝手な想像は失礼だったのかもしれないと。プレゼント・マイク先生は消太さんと同い年、十分な大人だ。古くからの友人がお弁当を持参したからといって悪戯に話しかけるほど幼稚ではないのではないかと。

「鏡見ちゃん?どうかしたの?」

「いや……なんでもない!ごめんごめん」

階段を降り終えた梅雨ちゃんが、振り返ってこちらを不思議そうに見ている。私は弾む胸を押さえつつ階段を足早に降りていった。



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そしてその日の夜。私が家で宿題をしていると仕事を終えた消太さんが帰宅をした。ギィッと軋みながら古びた扉が開くと、疲労からなのか元からなのか覇気のない面持ちで消太さんが部屋に入ってきた。

「おかえりなさい、消太さん」

私は宿題を進める手を止め、顔を上げた。ゆっくりと入ってくる消太さんは肩から荷物を下ろすとゴソゴソと中を探った後、私の前にお弁当箱を差し出した。

「うまかった」

帰ってきて早々の第一声。私が感想を聞く前に、消太さんは軽くなったお弁当箱を直接私の目の前に差し出したのだった。ナフキンの結び目が端に寄っていて不器用さがしっかりと滲み出ている。それを受け取りながら、嬉しさが込み上げるのを抑え私は言った。

「意外と平気だったんじゃないですか?プレゼント・マイク先生も」

私は悪戯に笑って言った。きっと平和に職員室で食べ終えたに違いない、そう思っていた。だが、消太さんは捕縛武器を首元から外しながら呆れたように言った。

「いや、あいつ今日は一段と騒いでたぞ」

「え!?」

思っていた回答とは違っていたからか、思わず驚き大きな声を出してしまった。

「散々騒いで摘み食いした上に、うめぇって言いながら仰け反ったせいでミッドナイトにぶつかって張り手食らってたな」

「えええええ……」

勘違いだった。彼は私達の頭に浮かんだシナリオ通りに茶化し立てたのだ。私の心にあったはずのさっきまでの高揚はいつの間にかなくなり、代わりにどこか虚しさが残っていた。私は視線を落とし、お弁当箱を眺めながら悲しげに小さく呟いた。

「……やめますか?お弁当」

元気が出ない。これ以上消太さんに迷惑をかけるくらいなら、という気持ちが私に襲いかかってきていたのだ。無理やり持たせてしまったことへの申し訳なさすら感じていた。すると消太さんはこちらをしばらく見つめた後に言った。

「いや、持っていく。次は玉子焼き多めで頼む、マイクに食われてもいいようにな」

私は予想外の返答に思わず視線を上げ、口をパクパクとして戸惑っていた。

「え、でも……いいんですか?またプレゼント・マイク先生に茶化されたりとか……」

「そんなの放っておけばいい。だろ?」

今朝の私の言葉に重ねるように言う消太さんの真っ直ぐな視線を受けとめ、私は思わずお弁当箱を強く抱きしめた。声の震えを堪えながらなんとか二つ返事で答えると、涙が出そうになるのを笑顔で誤魔化した。





鳥がさえずる清々しい朝、今日も私はいつもより少しだけ早起きをした。卵を2つ小さなボールに割り入れ、菜箸で溶く音に耳を傾けながら消太さんが起きてくるのを待つのだ。



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