Book-short-

□夜更けの公園A
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気持ちを整理したいとき。
気持ちを落ち着けたいとき。
私はある場所へ向かう。

それは消太さんの部屋ではない。確かに彼の部屋は最近やけに居心地がいい。だが、それよりもっと気持ちを無にすることが出来る場所がある。

今夜は消太さんの帰りが遅く、私はなんだか無性に寂しくなってここへ来ていた。暗い木々の間に敷かれたアスファルトを踏みしめながら人の気配のない静かな道を進む。たどり着くのは弱々しい照明に照らされた古びたベンチだ。

そう、ここは消太さんと出逢った場所。今も昔も、薄暗いこの公園には夜中に人が立ち入ることはほとんどない。だからこそ私は一人で考え事をするときにはここへ来て風に当たるのだ。

私はゆっくりと木製のベンチに腰をかけ、背もたれに寄りかかった。少し上を向くと、綺麗な満月ではないが強く光を放つ月が目に入る。澄み渡ってはいるが星はひとつも見当たらなかった。

ひとり緩やかな風を肌で感じていると心が落ち着き、やがて頭に浮かんでくる昔の記憶。

「お母さん……」

私は無意識に口にしていた。驚きはしない。それは日常の中でもふと思う時がある。お母さんはいまどうしているのだろう、と。

私をこの街にひとり置いて去って行った母親。だが、それが彼女の望むことではないことは幼いながら気づいていた。泣いて別れを告げる姿と耳元で小さく「生きて」と言ったあの声。

私は目を瞑り、その時の情景を思い出していた。もう母親の顔は鮮明には思い出せない。だが、いつも心のどこかでは気にかかったままだった。

個性を持つ子が生まれるはずのない一族から生まれてしまった、穢らわしい子ども。すべてを壊すきっかけとなった呪われた子ども。私は何者なのか、何の為にこの世に生まれたのか。そんなことを考えるようになったのは物心がつき始めてすぐのこと。ふとした時に考えるのはいつものことだった。

「やっぱりここだったか」

聞き慣れた低く気だるそうな優しい声に瞼をゆっくりと開いて視線を移した。

「消太さん……おかえりなさい」

私は考え事をしていた頭を現実の世界へと戻すのに時間がかかっていた。ベンチに座ったまま、きっと目は虚ろだったに違いない。

「こんな時間にこんなところで……まったく。少しは警戒心てものを」

「消太さんもここ、座りませんか?少しだけ」

呆れたように説教じみたことを言い始めた消太さんの言葉を遮り、私はベンチの端に体を移すと消太さんが座れるだけのスペースを空けて微笑んだ。消太さんはしばらく黙ってその場に立ち尽くしていたが、頭をポリポリと掻くと観念したようにゆっくりと近づきドカッとベンチに寄りかかった。

「よくわかりましたね、ここだって」

私はフッと笑って言った。散々探してたどり着いたのか、それとも真っ先にここに来たのかはわからない。別に心配させるつもりも家出のつもりもなかったが、それでも探しに来てくれたことはとても嬉しかった。

「ここは元々、俺の場所だろ」

「私と逢うまでは、ですけどね」

私は片方の口角を上げ悪戯に笑ってみせた。消太さんはそれに反応を見せるでもなく、静かに佇む目の前の木々を見据えたまま私に言った。

「考え事か?」

ほとんど風もないというのに、時折聞こえる葉の触れ合う音が沈黙を破っていく。

「うーん、そうですね。どうして私に個性が発現したのかなって考えてて」

私は特に真面目に言うわけでもなく、軽く言ってみた。強がりだったかと聞かれれば否定はできない。それでも、消太さんに心配を掛けたくないからか私の顔にはほんの少しの笑顔さえ浮かんでいた。

「そういうこともあるんだろ」

消太さんも、いつもと変わらず適当とも言える返答を返していた。

「それが無ければ私の家族はバラバラにならずにすんだのにって考えると、なんだかやり切れなくて」

私はハハッと作ったような笑いをした後、少し虚しくなった心を隠そうと顔を下へ俯かせた。

「会いたいか?本当の家族に」

背もたれに寄っかかっていた体を起き上がらせ、猫背気味に座る消太さんはこちらに顔を向けている。私はその瞳をしばらく見つめた後、心の底から思っている本心をそのまま口にして微笑んだ。

「いえ。私の家族は消太さんだけですから」

消太さんは呆れるでもなく、照れ隠しをするわけでもなくジッとこちらを見ている。

「私に個性が発現しなければ消太さんにも逢えなかったし、今の私もない。だから私は幸せですよ、消太さん」

私の言葉と笑顔に、消太さんは大きくため息を吐くとまた背もたれにぐったりと寄りかかって薄っすらと目を開けた。返答の言葉はなくても、彼には伝わったのはわかっている。私は不器用な消太さんの姿を微笑ましく見つめたあと、同じように背もたれにぐったりと寄りかかって夜空を眺めた。

「消太さんも、今更一人暮らしなんて寂しくて無理ですよね?」

「なめんな」

星ひとつ見えない夜更けの公園で、空を眺める2人はフッと同時に吹き出していた。

「でもま、定着したからな。鏡子との生活も。違和感というか虚無感みたいなもんはあるだろうな、もし離れる日がきたとしたら」

「そんな日は来ませんよ」

物思いにふけるように言う消太さんに、私は真面目に返答を返した。離れる日など今後一生来るはずがない。私は彼とともに生きることを心から願っているのだから。

「そんなこと言ってると嫁に行きそびれるぞ」

「いいんです。余計なお世話です」

また、吹き出すようにフッと笑う消太さんの横顔を見て安堵していると、彼はゆっくりと立ち上がりこちらに手を差し出した。

「帰るか、家に」

「はい」

私が手を重ねると消太さんはそれを軽く握り優しく引いた。すんなりと立ち上がった私の体を見届けると、握られた手はゆっくりと離れ2人は家へと続く道を並んで歩き出した。

お互いの温もりを掌に残したまま。





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