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□とある休日のおはなし
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「わぁぁぁぁあ!」
とある日の午後、私はらしくないほど気持ちを高ぶらせていた。
ここは隣町の携帯ショップ。今日は消太さんにお願いして連れてきてもらった。そう、ついに携帯電話を手に入れる日がきたのだ。
今まで特に必要としてこなかった『携帯電話』だが、USJ事件や職場体験での出来事からわかるようにヴィラン活性化に伴い通信手段が必須であることは明らかだった。私はわくわくした気持ちを抑えることなく、店の中を動き回っていた。
「たくさんある!色も形も!」
私はまるでおもちゃ屋さんに来た子どものようにはしゃいでいた。
「何でもいい。早くしろ」
歩き回る私を少し離れたところから眺める消太さんは冷静に言う。ポケットに手を突っ込む姿、無精髭とボサボサの長い髪がいつも通りの気だるさを感じさせている。
「性能も違うんですね!うわぁ迷うなぁ」
私はサンプルとして置いてある携帯を手にとって握ってみたり、画面を触ったりして色々なものに目を向けていた。
「通話ができりゃ何でもいいだろ」
少し面倒臭そうにしている消太さんを横目に、私は口を尖らせて言った。
「もう、急かさないでくださいよ」
そう言われても態度を変えない消太さんは時間を潰すかのように店の壁に貼られたポスターやチラシに目を移した。
私は様々な携帯を見比べた結果一つの携帯を手に取った。黒いフォルムに大きな液晶画面。普通だが、それが逆にいい。
「じゃあ、これにします!」
性能は確かにたくさんあるが、私はとてもシンプルで使い勝手の良さそうなものを購入することに決めた。
手続きには30分を要し、消太さんは相応の苛立ちを抱き始めていた。でも私には携帯を手に入れたらまずやりたいことがあった。消太さんに電話をすることでも、クラスメイトと連絡先を交換することでもない。
「消太さん!写真撮りましょう!」
そう、携帯に備え付けてあるカメラで消太さんと一緒に写真を撮りたかったのだ。私は携帯はもちろん、デジカメも持っていない。必要に思ったことはないから、不満もないのだが機能があるなら使いたいものだ。
「俺が写真嫌いだって知ってるだろ」
消太さんはあからさまに嫌そうな表情で私に言った。もちろんそれは知っている。それが原因で消太さんの写真がほぼ存在しないということも。
「そんなこと言わずに!一枚くらい良いじゃないですか」
私はそう言って消太さんに体を近づけカメラを向けた。嫌がる消太さんを無理やり画面内に収め、私は逃げる隙を与えずすぐさまシャッターを切る。
「ほら!はい、チーズ!」
カシャッ。
撮り終えた直後に画面に映し出される2人の写真。そこには笑顔を向ける私と、口をへの字に曲げ視線を逸らした消太さんのぶっきら棒な顔が写っていた。
それでもいい。視線は向いていないが、消太さんとの貴重な写真を手に入れることができたのだから。
「用は済んだろ。帰るぞ」
そう言って消太さんは足早に歩き始めた。私はその大きな背中をしばらく見つめた後、携帯を強く握りしめながら後を追って行った。
2人だけの写真は初めてだ。私は初めて手にした携帯電話のなかにある初めての2人の写真に口元を緩ませて走っていく。
「消しとけよ、さっきの」
「嫌です」
横に並ぶや否や迷いもなく即答する私に、消太さんは呆れたような表情で小さく溜息をついた。
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